■オープニング本文
※8月24日更新
●ジャンゴ・コルテス大佐
「‥‥長かったな」
エクアドルの空を埋める星々を見上げ、ジャンゴ・コルテス大佐は小さく呟いた。
傍らの副官――ボリス中佐が戦略図に落としていた視線を上げ、赤ら顔の上官を見遣る。
「この2年、俺はこの戦いに全てを賭けてきた」
UPC南中央軍大佐ジャンゴ・コルテスが、南米解放作戦【ジャングル・ザ・フロントミッション】の最高責任者に任じられたのは、2009年秋の事だった。
軍人として、能力者として、力を持たぬ人々を守ろうという気持ちも、バグア占領下で生きる人々を救おうという気持ちもある。
だが何よりも。自らが生まれたこの緑多き美しい大陸を、変わらぬ姿で未来に遺しておきたかったのだ。
カリ・メデジン・ボゴタ基地を強襲し、コロンビア奪還に繋げた緒戦。
そのどれもが成功を収め、しかしその一方で、急激な勢力バランスの変化は、中立国ボリビアに動揺と混乱をもたらした。
そして2010年の春。南中央軍を戦慄させた、あの事件。
副官であったソフィア・バンデラスが死に、その体を、南米バグア軍総司令官グローリーグリムに奪われたのだ。
「あの娘には、な」
ぽつり、と。コルテスの口から言葉が漏れた。
「幸せが、約束されていたはずだ。ソフィアが何と言おうと、後方に引っ込めておくべきだった」
ボリスは、彼が一体何の話をしているのか思案し、ふと、思い出した。
自身の前任者である女性は、非常に勤勉な人物であったという。
未だ中立国として外部の干渉を拒んでいた祖国ボリビアを飛び出し、UPC軍に志願した勇気ある女性だ。
志半ばで命を絶たれた彼女には、もうひとつの小さな命が宿っていたそうだ。
「‥‥無念、だったでしょうね」
「ああ。悔やんでも悔やみきれん」
無論、この戦いで命を落とした者は、彼女だけではない。
しかし、彼女が死後も冒涜され、その姿を人類の前に晒している現実は、コルテスにとって許し難く、この上ない屈辱であった。
2010年秋、バグアの巨大砲『シパクトリ』が威嚇射撃を行い、大規模作戦『ボリビア防衛作戦』が幕を開けた。
ソフィア・バンデラス(gz0255)の指揮の下、ゼオン・ジハイド、ゾディアック、北米バグア軍総司令官親衛隊トリプル・イーグルらが集結し、コロンビア、ベネズエラ、ブラジル、ボリビアの4カ国に渡ってUPC軍やボリビア国軍、ULT傭兵らと激戦を繰り広げた。
人類はギガワームを討ち、ボリビアを護り、初の南米大規模作戦に勝利する。
コロンビア国内に残るキメラ闘技場を陥落させ、その隙を突いてコロンビアのカリ基地を奇襲し占拠したバグア軍をも破り、南中央軍はようやく、エクアドル進攻に乗り出すことができたのだ。
国境付近の3拠点、旧首都キトに仕掛けられた卑劣な罠、コトパクシ火山要塞、チンボラソ山氷河要塞――エクアドル国内での戦闘もまた、同じく激戦であった。
北中央軍よりの援軍、そして何より、ULT傭兵達の協力が得られなければ、南中央軍の優勢は保てなかったことだろう。
そして、今。
南中央軍は、エクアドルバグア軍本拠地たる港湾都市、グアヤキルの包囲に成功した。
コルテスが指揮を執り、コロンビアから南下する南中央軍の本隊。
チリ海兵隊を中心に、グアヤキル南のプナ島を目指す上陸部隊。
そして、ボリビアの尽力により通行が認められたペルーを通り、グアヤキル南東で敵の退路を断つ増援部隊。
グアヤキルには、南米バグア軍総司令官ソフィア・バンデラスが居る。
これは決戦になるだろう。誰もが、そう考えていた。
「決戦、か‥‥」
「ええ、決戦です。グアヤキルにて敵将を討ち、エクアドルを解放する。トップを失った南米バグア軍は弱体化し、ベネズエラに籠らざるを得なくなる。要塞国家ベネズエラを破る事は容易くありませんが、こちらが再び力を蓄えるまで、バグア軍も同じく防戦に徹することでしょう。――事実上」
ボリスはそこで、一度言葉を切った。
感慨深げに視線を落とし、強く、続ける。
「【ジャングル・ザ・フロントミッション】は、人類側の勝利で幕を閉じます」
「‥‥そうだな」
南米バグア軍との最終決戦が始まる。
敵将ソフィア・バンデラスを討ち取り、エクアドルを解放する日が、もう手の届くところまで迫っていた。
それに、過去の報告書を読む限り、ソフィアは――
「敵将を討つことに躊躇いはない。やらねばならん事だ。だが‥‥」
かつての副官の顔を脳裏に浮かべ、独りごちる。
「折角、ボリビアを守り切ったんだ。あいつを、祖国の土に埋めてやりてぇな」
驚いた顔をして、それから静かに頷いたボリスを見つめ――男は、手の中のテキーラを飲み干した。
●ソフィア・バンデラス
ペルーがバグアを裏切り、人類がこのグアヤキルを包囲したと知ったその日。
私は、ひとつの決意をした。
月明かりを浴びて、木柵の中であの子が泣く。
私はそこに歩み寄って、小さく柔らかな身体をそっと抱き上げた。
「起きてしまったのね」
最初は、この子が何故こんなにも弱々しいのか、何故涙を流すのか、私に何ができるのか、何一つわからなかった。
ゾディアックのプリマヴェーラ・ネヴェ(gz0193)らに教わり、拙い手つきで始めたこの子の世話。
離れて過ごした期間はあれど、私の両腕はこの子を抱く事に慣れ、私はこの子が何を欲しているのか、理解できるほどになっていた。
「おねえちゃん。ユウ、ないてるの? だいじょうぶ?」
呼ばれて、振り返る。
小さな人間の少女が、鷹を従えて立っていた。
「大丈夫よ。心配してくれたのね」
「‥‥あたし、ユウといっしょにいちゃダメ?」
少女は私の腕の中を見つめ、寂しげに尋ねる。
「もう寝なさい。明日はお出かけでしょう」
自分がこれからこの子と引き離されるであろう事を、敏感に感じ取っているらしい少女は、私を見上げ、名残惜しそうに部屋を出た。
プリマヴェーラはこの子を可愛がり、大人――それもバグアの中で育つこの子の遊び相手の心配までしていた。少女は、彼女が連れて来た孤児だ。
その彼女も、もう、ここには居ない。
キュアノエイデス(gz0324)。
彼が死を選んだ理由は、私を生かすためだ。
彼は研究者だった。この子を育てる私に強い興味を示した。
彼の行動無くして、私は南米バグア軍総司令官に留まる事はできなかった。
彼が命を賭して私の地位と命を守らなければ、この子を安全に育てる事など、できなかった。
それだけではない。
私は総司令官の地位を利用し、この子を守って来た。
失脚を恐れるあまり、部下に無理な戦いを強いたのではないかと、その結果、多くの者を死なせてしまったのではないかと、常に考え続けてきた。
私の腕の中の存在が、私を見上げて笑う。
人間の、親が子に向ける感情など理解できない。
私たちバグアは、そういう生き物だ。
この子を守り、育てる事は、私の意思だ。
愛情ではない。武人としての私の生き方だ。
決戦の日は近い。
降伏は有り得ない。この2年、私は敗け過ぎたのだ。
ベネズエラの同胞は半ば私を見限り、支援は途絶えた。
それでも勝たなければならない。私と部下が生き残るためには、勝利を収める以外に道は無いのだ。
「ユウ」
気付けば、私はこの子に笑顔を向けていた。
育てるだけならば、笑顔など必要ない。
何故、私はこの子に笑いかけるのだろう。
Event illust : 彩樹
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