◆CTSノベル 第三話

●バグア撃退作戦

 困った。

 爆走するジープの進行方向左側にレーザーが着弾し、地面が爆裂する。その衝撃を雄人はジープをドリフトさせて右へ曲がりつつ重心を思い切り左に移し、強い衝撃を打ち消す。左側の座席に座っている私のことなんて絶対に彼の意識の中からは忘れ去られているのだろう。
 撃ち捨てられた、小さな村に入った。小さな村とは言っても、歴史の本に載っているような木造一階建て築120年とかそういうのではなく、鉄筋コンクリート2階建てとかそんな家々の並ぶ、ちょっとだけ古い街並み。‥‥もとい、村並み。そこに入村した途端、さっきみたいなのが降ってきた。1発、2発、3発。雄人は幾つかの音とフラッシュ音のみで弾道を把握し、すんでのところでそれらからジープを回避させていた。
 空中にはヘルメットワーム。私達が撃退してくれと依頼を受けたその敵は、今私たちを撃退しようと背後にピッタリ着けていた。
 急ぎ路地を曲がり、2度3度進路を変える。だがヘルメットワームはその度に私たちを捕捉しなおし、その機動力を持って追ってくる。

「玲、足元の銃! 右奥、35mドラゴン! ぶっ放せ!!」

 覚醒状態で身体能力を極限まで上げジープを走らせながら、雄人が私に言う。
 私は座席下部にセットされたケースからサブマシンガンを取り出すと、雄人の言った方角にただ弾丸をばら撒く。すると弾丸は右奥から顔を出そうとしていたキメラの進路を遮り、そこに一瞬だけジープの通り道が出来る。ジープはそこを通り抜け、ヘルメットワームは遅れて出てきたキメラとの衝突を避けるため飛翔し、一旦距離が開く。

「まだかアイツは、何やってやがる!」

 精神的に不安定で覚醒と共に性格が一変しクールさの消えた雄人が悪態を吐く。
 そう、ここにはあいつがいない。もうとっくに追いついていて当然の、ジェームズが。本来ならヘルメットワームと遭遇する10分前には合流出来ていたはずのKVが来ないために、対空の攻撃が届かず、銃もヘルメットワームのフォースフィールドで無効化されてしまうという手も足も出ない状況で、私たちだけでヘルメットワームを相手取らなければならなくなった。

「おい玲! ハンドル持て」
「は!? 何て言った!?」
「ハンドル持てって言ったんだ! このままじゃ埒が開かん、直接ぶん殴る!」
「ちょ、待ってよ何馬鹿なこと言ってんの!? そんなの無理に決まってるじゃない!!」
「無理とは限らないだろ、奴は俺らを狙い撃つために低空を飛んでる。そこに思いっきり跳べば‥‥」
「もう! あと少しくらい待ちなさい! ほら!」

 何とか雄人を引き止め、空の向こうを指し促す。はるか向こうに動く点。それはたちまち大きくなって、すぐにKVであることが分かるようになる。

「やっと来たか、アイツ何を今まで‥‥」

 雄人が言ってる間、KVの右翼下で煌めく何か。そして次の瞬間、再び私たちに狙いを定めたヘルメットワームとジープの間に飛来するそれ。
 超巨大な弾丸。

「玲やっぱりハンドル持て! タイヤ固定しろ!」

 着弾。衝撃。ジープは空を飛びこそしないものの思いっきり横滑りし、ハンドルとブレーキで真っ直ぐの向きに固定されたタイヤが激烈にその溝を削られる。雄人は車が押される先にある建物を睨みつけ、出来るだけ丈夫なところにタイミングを合わせて渾身のパンチを見舞う。勢いをほぼ相殺されジープは酷い目に合わずに何とか止まり、私たちを追っていたヘルメットワームはKVを当面の危険な敵と認識して上昇していく。

「ジェームズ、遅過ぎ!」
『わりーわりー』

 ジープの通信機に怒鳴りつけると、向こうからはちっとも危機感や謝罪の気持ちが伝わってこない返事が聞こえてきた。直後の一瞬の沈黙からこちらがそう思っただろうと思ったのか、ジェームズは続けて

『いや、基地に襲撃かけてきたキメラを潰してたんだ。そっちにドラゴン2体の他に犬っコロがいるだろ? それと同じ奴だ。だから遅れた。すまん』
「‥‥ちゃんと理由があるなら、別に良いわよ」
『多分、ヘルメットワームとそのキメラたちが囮で、そっちに気を取られてる間に基地をぶっ壊すつもりだったんだろ』
「もしくは、基地を引っ掻き回す1体が囮で、それで時間稼いでたっぷりと偵察するつもりだったか、な」

 建物をノックアウトして瓦礫に埋まっていた雄人が、やっと這い出してきて言う。

「とにかく、これで分かったことは2つね。あのヘルメットワームがバグアの離反者じゃないことが確定したことと、私たちはもう少しの間休めないってこと」
「そうだな」

 私は刀を抜き放つと、視線を路地の先に向ける。そこには巨大な翼と鋭い鉤爪を持つドラゴンが2体と、3つの頭を持つ大きな犬‥‥ケルベロスが1頭。
 空中では既にKVとヘルメットワームのドッグ・ファイトが始まっていて。地上でも、雄人が両腕のナックルを打ち鳴らすと、それをゴングの代わりとして戦いが始まった。

 ・ ・ ・

 空気に含まれる水素を分解し、イオン化。それを濃縮し、あらゆるエネルギーの発生効率を飛躍的に向上させる科学理論、SES。

 そのシステムが搭載された戦闘機KVS−01は、その機体前面の吸気ダクトより取り込んだ空気から水素イオンを抽出し、エンジンにて組み込まれた特殊金属エミタで瞬間濃縮、爆発的に強大な、高出力エネルギーを生み出し、急速に加速する。
 搭載されたAIシステムの補助を得ながら、3つに分かれた両の翼を細かく動かし、ジェットの排出口を稼動させながら、機体を制御、高速移動させる。

(「‥‥思ったより向こうのパイロットは巧くないな」)

 高速度で互いの機体の背後を取り合う空中戦。その中でジェームズはそんなことを思った。慣性制御のついているヘルメットワームの方がパイロットにかかる負担は小さく、かつ直線での最高速はほぼ同じ。加速も小回りも若干向こうが上という状況で、自分にも相手の背後を取る余裕がある。今の状況で相手が並以上のパイロットだったなら、既に自分は落とされているだろう。
 痛む右腕を見る。だいぶ治まった出血。それは基地出発直前に現れたケルベロスを基地の兵と共に倒した時、負った傷だった。応急措置は施してあるものの、出来るだけ早く治療する必要がある。
 敵の背後をとり、その姿を照準サイトに捉える。サイトの中心へ徐々に狙いを動かしていき、中心に捉え‥‥トリガーを引く!
 KVの右翼下に装備されているライフルが火を噴き、しかしそれはヘルメットワームのやや左下を逸れて彼方へ消えていく。

(「やっぱり反応が遅くなってしまうな‥‥」)

 敵の機体の機動性は高い。ここだと思ったその瞬間にトリガーを引けなければ、一瞬の差が大きな狙いのズレになって無駄弾につながる。

(「困ったな‥‥どうする? その1、気合で腕を治す。無理。その2、敵の動きを止める。出来りゃ悩まない。その3、弾丸に、ちゃんと当たるように言い聞かす。‥‥俺怪しい人じゃん」)

 少しボーっとしている間に、立場は逆転した。今度は追いかけられる側のジェームズだが、機体各所のブースターの向きをこまめに切り替え、トリッキーな動きで敵の狙いを定めさせない。

(「‥‥弾丸を当てるには、敵の高機動が障害。なぜなら、弾の発射前後でいる位置が大きく変わるから。どうして変わる? 発射から着弾の間に致命的な隙があるから。‥‥なら、どうする?」)

 グン、と速度を最大まで引き上げる。身体をシートに押しつける、強いG。一時的にヘルメットワームを突き放し、真っ直ぐに飛ぶKV。ヘルメットワームもすぐさま速度を上げ、背後についてくる。ヘルメットワームからの銃撃を出来るだけ速度を落とさずにすれすれで回避しながら、飛び続ける。

 直後。
 空中で、ジェームズはKVを変形させる。手足を広げ、機体にかかる空気抵抗を最大に持ち上げる。同時に各所のブースターを全て前方に向けて噴射し、急ブレーキを。全推進力を一瞬にして失い、逆向きの最大の力をいきなりかけられたKVは、急激にその速度を落とす。
 内部のジェームズには恐ろしいほどのGがかかり、覚醒状態で身体能力を最大まで引き上げていた彼も視界が歪み、強い頭痛に思考が鈍る。
 肉体に埋め込まれたAIでなくとも身体のシグナルがフルランプで警告を告げる。による精神と肉体への強烈な負担。そこに外側から強い衝撃が加えられ限界値を振り切りそうになっている。有機体である人間には必ずやって来る、絶対的な限界ライン。
 AIは能力者に精神または肉体の限界が訪れると、それを察知し、能力を制御して休息をとるように強制的な命令を下す。
 その、戦闘の継続に支障が出そうなほどの衝撃。

 だが。
 これこそが狙い。
 KVを追い超高速で飛んでいたヘルメットワームは、目の前で突然急減速したKVに対応するため慌ててブレーキをかける。不十分ながらも慣性制御のあるヘルメットワームは、急激に速度を落とす。

(「着弾までのタイムラグが障害なら、そのラグを縮めてやればいい‥‥! 直撃はしなくても、当たれば敵の性能を削り落とせる!」)

 意識を失うラインぎりぎりで踏みとどまったジェームズは、さらに痛む右腕に鞭打ち、意識を一点集中、やって来るだろう的を待つ。ほんのわずかに反応の遅れたヘルメットワームは、空中で停止したKVを追い抜いて停止した。ジェームズの待っていた一点で。
 KVがその手に持つ、巨大なライフルの銃口の先で。

「落ちろぉぉぉぉぉっ!!」

 すぐさま加速、脱出を試みるヘルメットワーム。だが一度ゼロになった速度をライフル弾の速度より上げることは即座には出来ず、ライフル弾はヘルメットワームに命中する。フォースフィールドをぶち破り装甲を貫いた弾丸はヘルメットワームの機動力を根こそぎ奪い、そして。
 自身の最高速運動エネルギーを打ち消しきって後方へ急速離脱を始めるKVが放った2発目、3発目を直撃され、ヘルメットワームは爆砕した。

 ・ ・ ・

「玲は「こっちが先に片付くかも」などと言っていたが‥‥そう簡単に、事は運ばないか‥‥」

 俺の呟きを耳に留めたか、玲は「悪かったわね適当言って!」などと文句をたれてくる。そんな暇があれば目の前の敵に集中して、1体でも片付けてほしい。まあ集中したところで戦況が劇的に変わるわけではないが。
 ヘルメットワームの脅威が空中に行ったとはいえ、こちらの不利はそのまま変わらず。ドラゴン2体は巨体に似合わず思った以上に俊敏で、その攻撃をかわし、防ぎ、反撃し、首を叩き折るには少々の集中を要する。
 しかし、その集中をケルベロスが邪魔をする。3つの頭、3つの口からそれぞれ炎・冷気・雷を放つケルベロスの援護が、こちらのクリティカルチャンスをことごとく潰してくれる。そこで体勢を崩すとすかさずドラゴンの鉤爪が頭を狙って来るのだから心休まる暇が無い。
 それは玲の方も状況は同じで、やはりドラゴンの隙を突こうとすると炎弾か氷弾か電撃が飛んでくる。その援護は玲にひとつ、俺にひとつ常に向いていて、残りひとつが予備として戦局を見、調子の悪そうな仲間の方に援護射撃を追加する。おかげで幸運もなかなかまわってこない。
 今も、隙があった。踏み込めばドラゴンの頭蓋を砕くことが出来た。だが踏み込んでいれば、炎弾が俺の頭を消し炭にしてくれただろう。
 まったく、一体どんな細工をすれば犬が超高温の炎など吐けるようになるのか。氷弾も電撃も。そもそもどう転んだって吐ける道理が無い。もし俺がこの技術を持ったらこんなくだらないことには使わず、燃料要らずのゴミ焼却や冷房要らずのオフィス冷房やクリーンエネルギー犬発電に使ってやるんだが。‥‥いや、人間が一度手に入れた楽しい技術を、そんな平和的な利用だけに留めておくはずが無いとはわかっている。俺も含めた人間全ては、そんな平和的理想的な生き物では決してない。
 それはともかく、犬コロの攻撃をどうにかしつつドラゴンを倒さねば。倒すならまだ狙いやすいドラゴンの方からだ。ケルベロスは元が犬で体格もそれほど極端に変化したわけではなく、かつ全体的に色々強化されパワーアップしているだけあって、追いかけても簡単には追いつかせてくれない。しかも本腰を入れて追いかけるには、やはりドラゴンが邪魔になる。
 事態の打開には、ケルベロスに異変が起きることが必要だ。弾切れになるとか、3つ首で喧嘩を始めるとか、いきなりぶっ倒れるとか。それが無ければなかなか難しい。もしくは、敵全体の意表を突く、外からの突然の介入。俺でも玲でも、ドラゴンでもケルベロスでもない第3者の介入が欲しい。

 そう、こいつみたいな。

 一瞬にして周囲が暗くなる。降り注いでいた太陽光が遮られ、影に覆われた路地。そこに、大音響と共に大根役者が舞い降りた。

『よう、こっち終わったぜ』

 変形し脚部を展開したKVは着地するなりケルベロスを踏み潰すと、コックピットの中の声を外へ響かせる。

『他の役者を蹴落とすなとは言われたけど、役者を踏み潰すなとは言ってなかったよな?』
「ああ、言っていないな。だが、もう手は出すなよ? お前の殺陣は雑だ。見境が無い」
『りょーかいりょーかい』

 言っている間に接近してきたドラゴンの爪を身を翻して回避し、一度距離をとる。視界の端では玲が刀を構え、もう1体のドラゴンを相手取っている。
 ちょうど、1対1。互いに手出しをする必要もなく、片付けられる。
 改めてナックルのエアインテークを開放する。エアインテークを展開して水素を取り込む、俺のナックル、玲の刀などSES搭載の武器は、エミタによって発揮されるエネルギーを伝道させることでKVなどと同じように強力な能力を発揮する。そのメトロニウム製のウェポンが発する強大な、しかし不安定な能力は、俺たち能力者の体内のAIが制御し戦闘での行使に耐えうる出力に調整する。
 空に舞い上がり、急降下の勢いを載せて右の鉤爪を振るうドラゴン。それを左に身を屈めつつかわし、敵の右側を回って背後に立つ。再び空へ逃げようとするドラゴンの動きに先んじてその両の翼を掴み、左右へ全力で引く。叫び、暴れるドラゴン。だがその動きは翼の付け根にさらに余計な負担をかけ、右の翼が引き千切れる。皮膚のついでに骨ごと折り取った片翼をその辺に放り捨てると、向き直り狂った目で爪を振るおうとするドラゴンの顔面に一撃。怯んだ隙に地面に引きずり倒すと、馬乗りになり、無防備なドラゴンの頭部を粉砕する。全身を一度震わせて身動きを止めたドラゴンに、おまけに一発腹に拳をぶち込んで止めを刺す。
 その間、玲はといえば、ドラゴンの爪を刀で受け、動きの止まった隙にすかさず刀の鞘を敵の右目に叩き込むというえげつない一撃を加え、ドラゴンが苦しむ隙にその左腕を切り落とす。こちらのドラゴンは自らの体の一部を奪い取られたことに狂って暴れることはせず、大量出血もそのままに逃亡することを選択した。だが手負いの身体で玲から逃れることは出来ようはずもなく、背を向けた瞬間に翼ごと背部を大きく切り裂かれ、うつ伏せに地面に倒れたところを首を落とされ、絶命した。

 ・ ・ ・

「よぅ、お互い無事に終わったな」

 コックピットのハッチを開け、よいしょとKVから飛び降りるジェームズ。既に彼を含め私たち3人の外見は普段どおりに戻っている。能力者はエミタを発動すると、その能力に応じて身体の一部分が変化するのだ。私ならば瞳の色が変わり、ジェームズは肩のあたりの筋肉が盛り上がり、雄人は肘から上が赤く光る。

「ってジェームズ、怪我してるじゃない! どうしたのよそれ!?」
「あー。これか? いや、基地でキメラと戦った時に引っかかれてさ。別に何ともないぜ‥‥って、もしかして玲、俺のこと心配してくれてるのか?」
「そういうわけじゃ‥‥っ!!」

 瞬間的に、再びエミタを起動させ、覚醒する。自分自身では鏡などがないと認識できないが、私の瞳は今金色に変わっているだろう。
 刀の刀身部分をスライドさせ、エアインテークを露出させる。すぐさまSESのエネルギーを刃に這わせ、スピアを投げるようにジェームズの方へ向けブン投げる。

 「うぉわ!」というジェームズの声を貫いて、刀はジェームズの背後、KVの足元へ向かう。KVに胴体の3分の2と頭2つを潰されたにも関わらずしぶとく生き延びていたケルベロスの最後の頭は、眉間に深々と私の刀が突き刺さると、その口に炎を燻らせながら、2度3度くらくらと最後に動いて地に倒れる。

「こいつ、まだ生きていたのか」

 ケルベロスの頭から私の刀を引き抜くと、雄人は念のためにとその頭を思い切り踏み潰し、止めを刺した。

「危ねぇ危ねぇ‥‥助かったぜ玲、サンキュな」
「別に、感謝されたくてやったわけじゃ‥‥」
「俺に死んでほしくなかったんだよな」
「戦力不足なのよ、人類は! だから助けざるを得ないんでしょ! 雄人!?」
「そーだな」
「そうそう、人類のために、ひいては自分自身のために、玲は俺を助けたいと思い武器を取ったわけだな」
「もういい、その減らず口たたっ斬る!!」

 雄人から刀をひったくると、KVのコックピットに逃げるジェームズを追いかける。
 別に、そこまで怒ったわけじゃない。わけじゃないが、認めたくないが、悔しいけれど。こういう一瞬のバカ騒ぎは楽しくて仕方ないのだ。
 バグアの侵略と戦い続ける日々。そんな殺伐とした時間ばかりが流れる時代だからこそ、笑顔を出せる時間は楽しいし、嬉しいし、忘れちゃいけない、大事にしなきゃと思う。
 こんな時代だから、私たちが笑える機会は限られている。明日には笑うことの出来ない身体になっているかもしれない。それでも、笑顔を忘れずに。次の時代に伝えるために。伝えて、そして、次の世代は何の脅威もない平和な世界で、笑って幸せに過ごせるように。
 私たちは戦う。


第三話・完