◆CTSノベル 第二話

●最後の希望

 見慣れた風景。人気はそこそこ。話し声は時々のち皆無。沈黙の時間は常にコンピュータの放つ稼動音ジジジジ。
 この場に静寂が訪れることはありえない。少なくとも、奴ら‥‥バグアの侵攻が終結するまでは。

 人工島ラスト・ホープ内の国際平和組織UPC本部、未知生物対策組織ULT出張所。通称『斡旋所』。幾つものコンピュータと、幾人かの職員と、多くの『能力者』が集まる場所。
 いきなり何の断りもなく地球にやってきて暴れまくってくださっている未知生命体バグアの侵攻に対抗するために、各国政府が共同戦線を敷くことを決め、そのための組織として国際連合に代わり設立されたのがUPCであり、その下部組織として能力者の確保と仕事の斡旋を行っているのがULTである。ULTは名目上はUPCの下部組織であるものの、実質的には兵器の売却や買取、能力者への仕事の斡旋時の手数料云々で利益を上げる民間企業といっていい。

 そのULTの斡旋所に、私、冴木・玲はいつものように入室し、そして棒立ち。壁に据え付けられたたくさんのモニターの画面をぼーっと見る。ぼーっとしてると、モニターに表示されている文字の山は次から次へとただ滑っていき、思考は別の所に滑っていき、自分の名前の悪名高さにまで滑り落ちそうになったところで首を大きく振って現実復帰。
 モニター画面が切り替わる。流れていた文面が一番下まで流れ終わり、また最上段へと戻ったのだ。表示されるのは地図と思しき画像。そして文字の羅列。斡旋所にある全てのモニター画面が、それぞれ別の情報を流している。
 これらは全て、私たち『能力者』への依頼。エミタを装着し、常人とは大きくかけ離れた力を有する私たち能力者は、その能力ゆえに、一般人にはとても困難な仕事を依頼される。一般人では手に負えない事件事故は数多い。

 例えば、バグアの侵攻から無力な一般の人々を救い出すこと。
 例えば、実戦を経験したことの無い新人能力者への模擬実戦訓練の補助。
 例えば、新たに開発された新型兵器の試用。別名生贄。
 例えば、高い木の上に登ったはいいが降りられなくなった猫の救出。
 例えば、出歩くのが億劫になったおばあちゃんの代わりにお買い物。

 溜め息が出る。まるで私に出来そうな仕事が無い。

 バグアの侵攻からの救助と新人への訓練補助は、私の背負う悪名(詳しくは聞かないで)が邪魔をして向こうから願い下げされるだろう。
 チェラルや裕子がいつも随分と大暴れしてくれるから、私自身は別に何もしていないけど、一緒くたに破壊女のレッテルを貼られている。一般人にはこの上ない絶望を、新人には必要以上の恐怖を与えてしまう。この前の誘拐監禁爆発元能力者事件、通称『スタントマン事件』なんかがまさにそうだ。私は何も問題を起こさなくても、寧ろ問題行動を止めようとしても、いつもあんなふうに振り回されて、大問題が起きて、巻き込まれて一緒に怒られる。
 他の依頼、新型兵器の試用は、その兵器が戦闘機であるために私には参加出来ない。
 猫には嫌われているし、おつかいは孫が行ってくれと思う。これはわがまま?

 とにかくダメ。ダメ、ダメ、ダメ。こんな依頼ばっかりじゃ、仕事にありつけない私はおまんまの食い上げ‥‥とまではいかないけれど、ちょっと悲しいことになってしまう。ここでの報酬には、けっこう頼らせてもらってます。
 そんなことを考えている間に、幾つかの真っ黒だったモニター、そのひとつに光が灯る。新たな仕事の依頼がやってきたようだ。画面を滑っていく文字を、一つひとつ逃さぬように追っていく。

『防衛ラインを単独で突破してきたヘルメットワームの撃退、及び可能ならばその目的の把握』

 可能ならばというのは出来なくても良いということ。つまり単純な話は。

「叩き潰せ。以上」

 そういうこと。
 これなら何の問題も無い。暴れることが必要とされている。問題は撃破対象がヘルメットワームであることだが、それはそれに対処出来る誰かが参加してくれるだろう。私はヘルメットワームの中身(つまりパイロット)、もしくは引き連れている可能性のあるキメラ潰しを引き受けよう。チェラルも裕子も別の依頼に行っていて一緒に受けられないのが少々寂しいが‥‥いや、たまにはあの二人から離れて、気楽に仕事をしてみるのもいいだろう。ストレスで胃に穴が開いてしまわないうちに、心に安らぎを。
 報酬も充分、場所は‥‥問題なし。交通手段も提供。完璧。今のところ本当に文句無し。さっさとカウンターに行って、他の誰かに先を越されないうちに手続きを済ませなければ。

 ・ ・ ・

 私たちの本拠地であるラスト・ホープは地球上の海洋を常に航海しているため、依頼のあった場所へすぐに直接乗り込むことは出来ない。そのため、能力者を現地へ送り込むには高速移動艇を使う。高速移動艇は各地のUPC軍拠点へと定期運行されており、まずはそこまで移動。移動先の拠点からは通常の交通機関を用いて依頼のあった現場へと向かう。
 ‥‥時々、道路も何もかもがバグアに破壊された場所に向かわされ、移動手段は徒歩のみ、所要時間が10時間とか15時間とかワケ分からない仕事をさせられたこともあったが、その時はその恨みを全てバグアにぶつけて解決すべし、というのが楽しい旅をエンジョイするための私達のマニュアル。そんな事件があったりするから、依頼を受ける前に場所と交通手段の確認は必須。
 まあ、この辺は普通の旅行でも同じかな? ここのところはバグアの襲撃で気軽に旅行なんて言っていられなくなったけれど。
 ‥‥旅行に行くなら、ヨーロッパかな。あのへんはまだバグアの手が届いていないし、歴史的な建造物がたくさんある。歴史的な建造物が多いという点から見ればインドの方も楽しそうだけど、あそこは今ちょうど大絶賛戦闘中だ。お金を落とす観光客としてじゃなく、敵を落とす能力者として歓迎されてしまう。それでは観光旅行とはいえない。

 それはともかく、高速移動艇乗船所。
 その場に集まったのは、私をはじめヘルメットワーム撃退依頼に参加した3人。

「敵はヘルメットワーム1機にキメラが4体と分かっているわけだが‥‥ジェームズ、KVの手配は?」
「向こうで出してくれるってさ。S−01。整備も準備も装備も完璧にして待ってるそーだ」
「よかった。KVが無かったら、ジェームズは粗大ゴミも同然だものね」
「何ぃっ!? 玲、俺は戦闘機無くたってその辺の奴よりずっと強いぞー!!」

 私の軽口に、緑色の髪を逆立てるかのような勢いで、でもわざとらしくジェームズが怒り出し、それを雄人がやれやれと壁に背を預けて腕を組み、見ている。この2人が、今回の仕事での私のパートナー。
 ジェームズは、そのファミリーネーム『ブレスト』から分かるように、バグアの技術を用いた合金メトロニウムの発明をしたジョン・ブレスト博士の息子で、UPC空軍のエースパイロット。『エミタ』システムが開発され、SES搭載戦闘機が登場する以前にしてバグアのUFOを46機も撃墜した、例えるならアリ1匹が象46頭を粉々に粉砕した、見た目の軽さと暑苦しさとは真逆のすごい奴。
 雄人は未知生物対策組織に所属している能力者で、この場の3人の中では最年少のくせにおにーさんおねーさんに敬意を払うということを知らない17歳。でもまあ、強いといえば強いし、頭も切れるからそうそうバカにしてもいられない。

「さて、そんじゃあ出発前恒例の5分で終わる作戦会議といこーか!」
「いつ恒例になったんだ? ‥‥ジェームズ。依頼書はプリントアウトしてきているよな?」
「わり」
「だと思った。ほら、2部持ってきてるわ」
「お、サンキュ。気が利くな」
「利かせなきゃ時間が無駄になるでしょうが‥‥いい加減学習しなさいよね」

――件のヘルメットワームの武装には特殊なものは無く、頻繁に見られる基本的な装備のみ。他の4体のキメラと共に編隊を組んで来襲し、スクランブル発進した基地の守備隊と交戦。短い戦闘の後、仲間の援護の下1機が防衛線を強行突破すると、残りの4体は即座に撤退した。
――防衛線突破の1機は、戦闘のどさくさに紛れて低空飛行で侵入してきたキメラ4体(うち2体が巨大な翼を持ち飛行、他2体は翼のキメラにぶら下がるようにして移動)と合流すると、地球軍領空内を飛びまわっている。その動きに法則性は今のところ認められない。基地への接近も1度あったが、攻撃は無し。目的は不明。

「要点はこんなところだな」
「このキメラって、数以外に何か情報は入ってないの?」
「4体がどれも、2m程度のサイズらしい。ぶら下がってるやつはよく分からなかったらしいが、飛んでる方は『ドラゴン』だ」

 ドラゴン。それはファンタジー世界に登場する架空の生物。だった。
 バグアが有機体に化学反応を加えて精製した化合生物、キメラは、伝説や物語の中に扱われていたものを模して作られたものも多い。空想の生物を実際に登場させることでバグアは人々に畏怖の心を植え付けようとしたと言われているが、それは誰かが直接聞いたわけではないので分からない。分かっているのは、バグアによって、架空の生物が現実の生物として地球上に現れたということ。

「まあ、キメラの千や二千、玲と雄人なら余裕だろ? ドラゴンだってなんだって大丈夫だろ」
「千や二千は戦争レベルよ‥‥それにキメラは外見と強さに直接的な関係はないし」
「何言ってんだ、玲は隕石レベルの脅威なのに」
「いいから無駄話は止めろ。5分で終わるんじゃなかったのか?」

 雄人の言葉に渋々口を閉じるジェームズ。最年少にたしなめられる最年長。

「まず移動後だが、当然のことだが依頼のあった基地まで向かう。移動先から基地までは車で20分。軍用車が使える。基地へ到着次第挨拶がてら状況の仔細を確認、その後俺と玲は車で現場へ先行する。ジェームズはKVを受け取ってから飛んで来い」

 地球軍の主力戦闘機であるKVは、最高速度マッハ5を叩き出す。それだけ速度があれば、ほんの数十分先行した車にはすぐに追いつけるだろう。最高速度でなくとも、巡航速度でも充分なほどだ。
 ちなみに、KVというのは固有の1機種を指す名前ではない。バグアの持つ万能兵器「ヘルメット・ワーム」に対抗するためにつくられた変形機構を持つ機体を一律「KV」と呼ぶのだ。S−01、R−01というように呼び分けるのだ。今回ジェームズが乗るのはバランスを重視したなS−01タイプ。

「ヘルメットワームは、見つけ次第俺が引き受ければいいんだな? キメラの方は任せるぜ。1人で2匹相手だが大丈夫か?」
「心配されるほどのことじゃないわよ。こっちが先に片付いて、暇することになるかもね」
「その時は華麗な空中戦を下から眺めててくれ。俺が先に終わったら、そっちに合流して手伝うからさ」
「華麗な地上戦を見学する気にはなれないの?」
「俺は観客より役者の方が好みなんだ」
「舞台に上がるのは大いに結構だが、KVのデカい足で他の役者を蹴り落とすなよ」
「へいへい」

 まったく了解していないような口調で肩を竦めながら答えるジェームズ。いつものことなので別に雄人も怒らない。この男は怒るだけ無駄なんじゃないかと思ってる私も、無用なツッコミをしてストレスは増やさない。

「それにしても、どうしてヘルメットワームは一機だけで突入なんかしてきたのかしら?」
「そーだよな。攻撃してくるなら複数で来たほうが断然いいってのに」
「考えられるのは、何らかの工作任務をしに来たか、威力偵察に来たかだな。工作任務だとすればあれは目立ち過ぎだ。他に本隊がいて、現在進行形で活動中だろう。威力偵察ならば、あちこちを飛び回ってこちらの配置やら街の様子やらを見て、味方の基地か、中継役の味方機に送信しているんだろう」

 雄人はそう言うけれど、でも、まだ判断は出来ない。可能性を絞り込むのも難しい。工作任務はあれが直に行っているのかもしれない。キメラを護衛と考えれば、可能性はある。同様に別働隊がいる可能性、威力偵察の可能性も充分あるし、さらに、新型キメラの性能試験とか、実はあいつはバグアからの離反者とか、可能性を挙げればキリがない。
 だから。

「行って叩けば分かるわ」
「そうだな。さっさと出発しようか。5分のはずが11分経ってしまったしな」

 さくさくと荷物をまとめ、移動。

 ・ ・ ・

 ラスト・ホープにいた私たちは数時間後、今回の依頼を受け持つUPC基地に移動していた。基地では依頼のために私達が来ることは連絡されていたようで、到着直後に現地までの道筋が車載の電子マップに登録された軍用ジープが準備されていた。
 一応、状況に何か変化がなかったかどうかを確認した上でジープに乗り込み、私たちは片道20分の道のりをジェームズの粗い運転にて15分ぽっきりで走破し、依頼のあった地方基地へ赴く。

「‥‥思ってた以上に小さい基地ね」

 思わず呟いてしまう。建物は大きいが、それはほとんどが格納庫だろう。戦闘機は2桁配備されていないだろうし、兵士もパイロットは戦闘機の数ぎりぎり、他は小銃で対キメラがせいぜい。その程度じゃないかと思う。決してバカにしているわけじゃないけれど、武器も兵器も能力者もたくさんあるラスト・ホープと比べてしまうと、どうしようもないボロ小屋になってしまう。まあ、比べること自体が間違っているのだけど。
 KVの格納庫へ向かったジェームズを置いて、私と雄人は簡単に状況を聞いた後ジープで出発する。電子マップは基地のレーダーと簡易リンクさせてもらい、ヘルメットワームがどこにいるかほぼリアルタイムで分かるようにした。とはいえヘルメットワームはその気になれば音速で飛べるから、逃げられる(向こうが気まぐれに移動するだけかもしれないけど)確率は低くない。逃げられないうちに接触するため、悪路を雄人運転のジープがぶっ飛ばす。
 18歳未満が自動車免許を取れないのは昔の話だが、こうも上下左右に頭をシェイクされる身になってみると、昔を羨ましく感じてしまう。

「ねえ」

 舌を噛まないように注意しながら、雄人に話しかける。

「ジェームズなんだけど、彼って前線に出ていていい人物なのかしらね?」

 ふと前々から思っていた疑問を口にする。ジェームズはジョン・ブレスト博士の息子。ブレスト博士はSES発明のあのスチムソン博士と同格といってもいいほどの研究者であり、重要人物。それ故に彼らはULTによる保護を受け、バグアに捕らえられぬよう、殺害されぬよう守られている。
 だが、ジェームズはこうして最前線にも平気で顔を出す。

「そういう疑問を呈する奴も、いることはいる」

 視線は前方に向けたまま、雄人が答える。

「もし落とされたら、それで死んだら、ブレスト博士の研究に支障が出るかもしれない。捕らわれれば、人質とされてブレスト博士が危険に晒されるかもしれない。博士も人間だからな、そういう心配をする奴もいるし、ジェームズが前線に出ることに良い顔しない奴もいる。だが、現状、人間にそんなことを言っていられる余裕があるか? 技術はSESやエミタシステムで、少しはバグアに追いつこうとしている。個々の戦闘力も、エミタ武器で向上している。しかし足りない。多少劣った技術でも、使う奴が強ければ充分だ。でも今は劣った技術を少ないエースと多数のザコが使ってる。バグアに押されっぱなしではなくなったが、未だ土俵際に違いはない。‥‥ジェームズは、地球軍じゃ間違い無くエース中のエースだ。奴がいることで何とかなる作戦もたくさんある。奴が出ることに問題が無いわけじゃないが、背に腹は替えられないだろう」
「‥‥へえ。意外とジェームズのこと買ってるのね」

 本当に意外だった。あれだけバカにしたっていうか、子ども扱いしてるのに。

「別に。バグアの処理のためには、使える奴は使わなきゃならないだろう。それだけだ」

 可愛くない答え。彼らしいといえば彼らしいのだが。
 まあとにかく、納得はした。今はそういう時代なのだ。
 人が足りない、技術が足りない。運転免許取得可能年齢が世界各地で緩和されつつあるのも、そういう時代だからだ。

「‥‥いてっ」

 舌噛んだ。


第二話・完