◆CTSノベル 第一話

 西暦1990年。彼らは突然やって来た。

 地球へ侵略を開始した未知生命体、バグア。地球外からの超高水準の科学力による圧倒的な力での攻撃。
 1992年にはその活動が顕在化・活発化し、地球上の各国は、この侵略にそれぞれの軍事力を持って対抗した。だが、科学力・技術力の点で比較にならないほどの差のある人間とバグアの戦いにおいて、『国ごとに』などと自分たちの力を分割した人間側に勝ち目など到底あるはずも無く。

 地球の約半数が制圧されようとするころ、ようやく人間たちは自分たちの取った行動が失敗だったことに気付いた。既に有名無実化していた国際連合を国際平和組織UPCへと再構築し、残存している人間国家は協力してバグアへの対抗を行うことを決定した。
 だが、それも遅過ぎた。いや、バグアの侵略開始直後から各国の完全な協力体制が敷かれていたとしても、この結果は覆すことが出来なかっただろう。1996年にはトマス・スチムソン博士とジョン・ブレスト博士がバグアの技術を利用した新技術を次々に生み出し、人間側に大きな力を与えたが、その3年後、1999年にはバグアの大軍が襲来し、ついにはUPC本部が存在する首都・メトロポリタンXまでもが陥落、制圧されてしまう。2006年のことである。
 無政府状態に陥った世界。止まないバグアの侵略。新技術をもってしても人間には抗うことは出来ず、しかも7年前までの侵略はバグアの力の半分も行使されていなかったことを思うと、人間には絶滅か、バグアへの隷属か、どちらかの道しか残されていないように感じられた。バグアに支配された地域では反抗勢力の抹殺や地域住民の洗脳などが行われ、ついには自らバグアの側に歩み寄る、親バグア政権を樹立した地域まで発生することになった。
 人類に未来は無い。

 だが、同年。スチムソン博士、ブレスト博士を中心とした国際科学機関未来科学研究所は画期的な発明をもって地球人類に新たな希望の光を灯した。
 『エミタ』。バグアに対抗するために先だって開発されたスチムソン・エネルギー・システム、SESを人体に埋め込み、人間の能力を増大させることによって、SES搭載兵器をより効率的に運用、バグア殲滅に利用する。
 UPC本部は、メトロポリタンX陥落に備えUPCが用意していたシェルター施設、人工島『ラスト・ホープ』に移動し大西洋へと脱出。エミタを埋め込んだ『能力者』たちと共にそこを拠点とし、バグアとの新たな戦いを展開し始める。


●スタントマン事件

「暴走?」
「だってさー。珍しいね」
「珍しいとかそういうこと言ってられないでしょ! じゃあ、人質にとられてた人は?」
「さっき爆死」

 相変わらず、何事も無かったかのように彼女はそういうことをさらっと言ってくれる。
 私たちの目の前にはビル。その7階に、一人の男が人質をとって立てこもった。目的は不明。男と人質に接点はなく、特に動機として挙げられるものは見つからなかった。
 それを解決するように依頼され、集まった私たち能力者は、現地で作戦を考えている時にとんでもない、新しい情報を耳にすることになったのだ。
 暴走。それは、体内に埋め込んだSESシステムを制御するためのAIがぶっ飛んで、エミタの強大な力を制御出来なくなることを言う。

 SESを人体に埋め込む能力者化の手術は、全人口の1000分の1という限られた人間にのみ行うことが出来る。1000分の999人には、拒絶反応が出て死亡してしまう可能性があるのだ。その1000分の1の、ある意味『才能』を持った人間がエミタを体内に埋め込むことで、「覚醒」と呼ばれる、一時的にではあるが人類の常識の範疇をぶっちぎった特殊な力を得ることが出来るようになる。ただし、一定時間のみ。
 エミタを埋め込み、発動させることで得られる力は、人間の身体の限界を軽く凌駕した力である。よって、その力の発動には凄まじい体力と精神力の消費を要求される。その消費に人間側の生物としての限界、供給が追いつけなくなると、能力は停止。同時に、生命活動も停止する。死ぬのだ。 濃縮化した水素イオンや超常化した肉体は身体能力を飛躍的に向上・強化させるが、心肺機能や脳へ特に大きな圧力をかける。もし死なずに助かったとしても、日常生活に影響を及ぼす可能性が非常に高い。
 だが、一応そういったことが起きないように、エミタにはセーフティプログラムが用意されている。エミタに埋め込まれたAIシステム(擬似人格)。AIは能力者の精神状態、肉体状態を常に観測しており、エミタの発動によってそれらの限界が近づくと、能力者が充分な休息を取り、エミタの発動に再び耐えられるように回復するまで能力発動を制御するのだ。そのため、このエミタの『OFF』『ON』、そして特殊能力を行使する際の最終決定権は全てAIに委ねられている。おかげで、過度の能力使用により能力者への身体や精神へ影響を与えてしまうことは少なくなり、一時期非常に高かった能力者の死亡率は、一気に下降することとなったのだ。

 話を戻そう。

 AIには、能力者のエミタ発動を制御するプログラムがある。だが稀に、AIが故障してしまうことでこのセーフティが機能しなくなってしまうことがある。
 通常、AIが故障するような事態になった場合、同時に体内SESシステムも故障や不具合を起こし、能力者は一般人と変わらない普通の人間に戻ってしまうのだが、この時は未来科学研究所に行って処置を受けることによって、AIの修理または交換を受けることが出来、再び覚醒が出来るようになる。
 この稀な例の中でもさらに稀な例として、AIが故障し、しかし体内SESシステムは無傷という状態になる場合がある。この場合能力の制御が利かない状況で、覚醒してしまうことがあるのだ。
 覚醒による爆発的な能力から、人体を守るために機能するAIが存在せずに能力を発動すると、人体の限界という上限を無視した強過ぎる力が生み出される。それは人体に強い影響を与え、特に脳細胞には壊滅的なダメージを与える。理性と人格を失った脳細胞は機能せず、『破壊する』という単純な感情・欲求のみに従って行動する存在となることもある。こうなってしまえば、あとは獰猛なキメラと同じ。
こうなってしまった能力者は、UPC及びULTから敵視され、能力者による抹殺の対象となってしまうのだ。

 異常に前置きが長くなってしまったが、つまりそういうこと。
目の前の誘拐犯は、調査により覚醒の力を制御できず、暴走してしまったことが判明した。私たちに課せられた任務は、人質の救出と犯人の捕縛から、『元』能力者の抹殺へと切り替わった。
「それじゃあ、ビルの中に突入する。チェラルは一緒に来て。裕子は狭いところでの戦闘には向かないから、突入は無し。ここで待機して、全体の状況を私たちに伝えて。あと援護」
「よっし、それじゃ行こっか!!」
 裕子を一人置いていくのは少々不安だったが、仕方ない。チェラルと私は自分の得物を持ち、ビルへと突入する。同時に、覚醒。いつ、どこから攻撃が飛んでくるか分からない。周囲を警戒しつつ、元能力者が人質を爆砕した影響で動かないエレベータをスルーして階段で7階まで駆け上がる。
 と、横合いから吹っ飛んで来るエネルギー光弾。立て続けに3発。それを私たちは左右に跳んで回避し、武器を構える。
 元はオフィスと思われる大き目の部屋の奥に、ゆらりと立っている一人の男。姿は外から見た人影とほぼ一致する。相手はその手首から先が白く発光していて、未だ覚醒状態のままであることが分かる。手には銃口のついた長めのナイフ。先のエネルギー光弾はそこから放たれたものだろう。
 既に光を失った2つの瞳がこちらを睨みつける。両手で構えるナイフの先が私の方を向いて、そこにうっすらと光が灯り始める。

 そして。

 大爆発する、相手の背後の壁。右から左へ、ドカドカと壁が爆発して瓦礫が吹き飛び、異様に見晴らしが良くなっていく。
 舞い散る粉塵がやっとこさ収まったころ、視界には草一本生えていない荒野のようになったオフィスと、やけに晴れた青空と、うつ伏せにぶっ倒れた敵。気を失っているようで、近づいて探ってみると呼吸はしているが身動きをしない。私は相手の覚醒が止まっていることを確認する。
「これで、暴れ出してもあまり怖くないわね。こいつはUPCに引き渡しましょ。‥‥チェラル、自分達で倒す手間が省け‥‥」
 言いながらビルの外を見た私は、そこに映った光景に言葉を止め、息を呑んだ。
「なになに?」と駆け寄って同じ方向同じものを見たチェラルも「げ」と一言。
 ビルの外、地上には、大きな弓を構えてこちらを狙っている裕子の姿。おそらくさっきの壁の爆発も裕子がやらかした攻撃で‥‥
「まずいっ!!」
 これから奥の方へ走っても遅い。巻き込まれる。私はチェラルの腕を取って、映画のワンシーンのごとくビルの7階から地上へと飛び降りる!
 私たちと入れ替わりにビル内へ突っ込んでいく裕子の放った矢は、7階の天井をぶち破って巨大な崩落を巻き起こし、7階をほぼ8階と同化させる。そしてさらに、ビル内にあった火の点くととても危ない色んなものに火をつけて。
 大爆発。

「「ひーろーこぉーっっっ!!!」」

 やけに長く感じる落下時間。まったく、やってくれる。やっぱり1人放置しておくんじゃなかった。

「‥‥相良は、2人のために援護射撃をしました」

 聞こえてきたのは、いつものようにあっけらかんとした声だった。

 第一話・完