大規模作戦以前のロサンゼルスの状況
●最前線
五大湖を天然の堀に見立て、バグア地上軍を抑える北米最大の要害地帯、オタワ・フォートライン。
現在、その最前線とも言えるデトロイトに、過去最大級の戦力が北米各地から続々と集結し始めていた。
「俺がお前らくらいだったころ、彼女と一緒にミシガン湖にボートを浮かべて楽しんだもんさ!」
デトロイト市内の酒場。
年配の軍曹が、赤ら顔で大声を上げていた。
またはじまった、と若い兵士たちは笑って顔を見合わせる。
「俺も、生まれはシカゴなんだ」
「へぇ」
背後の喧騒をBGMに、若い兵士二人がジョッキを傾けている。
「冬は寒いし、夏は暑い。でも、いい街さ」
「ああ、アル・カポネの映画で知ってるよ」
「映画かよ」
「いいじゃねえか。何にせよ、バグアにくれてやるには勿体ねぇな」
そこで一気にビールを呷った兵士の背後から、野太い腕と共にジョッキが差し出された。
「そうとも!」
「!? ッゲホッ! ‥‥ぐ、軍曹」
唐突のことに涙目で咳き込む兵士を尻目に、年配の軍曹が気炎を上げる。
「ヨーロッパのお坊ちゃん、ロシアのアカども、どっちも領土を奪い返した! 俺たちはどうだ! ロスだけで満足か? 最強のアメリカ軍がそれだけで満足か!」
既にアメリカ軍は解体されてUPCに再編されているのだが、米軍時代からの古参の軍曹にとっては、UPC北中央軍、などというよりはその方がしっくり来るらしい。
実際、アメリカ出身者が多い軍でもあるので、あながち間違いではない。
さておき、軍曹の呼びかけに、一転して酒場は静まり返る。
「お前らは何だ!」
「アメリカ軍だ!」
ベテラン風の兵士が立ち上がって応えた。
「お前らの目的は何だ!」
「薄汚れた宇宙人を、地上から掃除することだ!」
また一人、今度は若い兵士が立ち上がる。
「そのためにすることは何だ!」
「撃って撃って撃ちまくることだ!」
徐々に声が合わさり、それは一つの合唱となっていく。
「いい度胸だクソ野郎ども! 最後に答えろ! 俺たちアメリカ軍はァ!」
『地上最強ォォォォォ!!!!』
叫びはそのまま歓声となり、派手に打ち鳴らすジョッキの音が入り混じる。
そんな騒ぎは、各所の酒場で起こっていた。
空前の規模の大反攻作戦を前に、兵士たちの士気は最高潮に達していた。
●War of independence
「市内の酒場から、苦情が来ていますが‥‥」
「放っておけ。兵士にとって、前夜の酒がどれだけ勇気となるか知らんわけではないだろう」
司令室にて、ヴェレッタ・オリム(gz0162)大将と参謀が会話している。
「酒場には、全て終わった後で軍から見舞金を出せばいい。問題は、これからだ」
「は。オタワ・フォートの戦力は、各地からの抽出によって通常の三倍以上に増強されています」
「ここが要だ。意地でも持ちこたえ――いや、五大湖を解放させろ」
少なくとも、兵士たちの知る目的のために。
そんな言葉を飲み込み、彼女は言葉を続けた。
「西海岸の部隊はどうなっている」
「予定通り、オレゴンとサクラメントで集結中です。進軍は、兵站の構築が遅れている、ということで留めております」
参謀の報告に軽く頷き、年若い大将は目を細めてモニターを見つめる。
「シェイドは、まだメキシコだな?」
「は、そのように報告を受けています」
「‥‥こちらの動きはわかっていよう。それでも動かないとなると、ロスに拘っているのか――」
それとも、西海岸から五大湖など、シェイドにとっては無きに等しい距離だとでも言うのか。
軽く息をつき、彼女は首を振る。
「まぁ、いい。それが余裕だというなら、我々がその驕りごと後悔させてみせよう」
●高まる戦機
ロサンゼルス国際空港。
出撃を控えたユニヴァースナイト弐番艦の前で、ハインリッヒ・ブラット(gz0100)少将が集結した傭兵に向けて演説を行っていた。
「傭兵諸君。太平洋からの援軍が到着するまでの間ではあるが、諸君らにロサンゼルス防衛のほぼ全てを任せることになった」
ざわり、と場がどよめく。
ロサンゼルス近辺では、サンディエゴ・アーバインの橋頭堡を始め、太平洋方面からもバグアの圧力が高まっている。
加えて、最近になって確認された新型ワームの存在もまた、戦況を混沌とさせていた。
そして何より、ロサンゼルスを虎視眈々と窺うシェイド‥‥。
改めて知らされれば、その責任の大きさにある傭兵は唾を飲み込み、またある者は不敵に笑ってみせた。
「これまでの数々の戦いを経て、UPC上層部の諸君らへの期待と信頼は確実に大きくなっている。今回の決定は、その表れだろう。これは、我々の身勝手な主張かもしれない。それでも、私は諸君らが必ずこのロサンゼルスを守りきり、War of independenceを成功に導いてくれるものと信じている」
少将はそこで言葉を切り、集まった傭兵たちをゆっくりと見回した。
(「――随分と、精悍になったものだ」)
無意識にそう考えていた自分に気付き、内心で苦笑する。
振り返れば、初めてユニヴァースナイトが投入され、そして撃墜されたのが五大湖解放戦であった。
もう、一年以上も前の話になる。
あれから、幾多もの、そう、幾多もの激戦を彼らは潜り抜けてきた。
イタリア、インド、グラナダ、グリーンランド、ロシア。
各地を転々とした戦場は、今、再び北米へと舞い戻った。
しばし閉じていた目を明けると、ブラットは再び口を開いた。
「一年前に預けた決着を、今度こそつけよう。全てを高見から見下ろし、動かしている気になっている者どもに、今度こそ我々人類の意地を見せつけよう。人類の勝利という形で! そのためにも!」
彼にしては珍しく、聴衆の感情に訴えかけるように口調は力を帯びていく。
あるいは、それ程に思い入れのある作戦なのだろうか。
「諸君らの力を貸して欲しい。諸君らの活躍こそが、この作戦の重要なカギなのだ。よろしく頼む」
口を噤むと同時に、ブラットはザッと音を立てて敬礼する。
同時に、歓声が起こった。
集まった傭兵たちは、思い思いにそれぞれの熱意を表現している。
両手を突き上げる者、仲間とがっちり腕を組み合う者、静かに目を閉じる者‥‥。
そこに統一感は無い。だというのに、この連帯感、一体感は何だというのか。ブラットは自問する。
(「恐らくは、これが彼らの強さなのだ」)
その答えを胸に、彼は軍服の裾を翻して弐番艦の艦橋へと向かう。
「この作戦、勝つ」
確信を込めた呟きが、人知れず滑走路に消えた。
●作戦の真意
「まぁ、いい。それが余裕だというなら、我々がその驕りごと後悔させてみせよう」
シェイド。
人類の前に度々姿を現し、大きな被害を与えてきたバグアの最精鋭戦力。
特に、現在メキシコを本拠とするエミタ・スチムソン(gz0163)のそれは、ステアーやファームライドなど問題にならないほどの戦力を誇る。
正に一騎当千とも呼べるこの敵は、実際に単機で戦局を覆してきた。
いわばバグアの恐怖の象徴ともいえるシェイドの存在を問題視する声は、失地奪還を重要視していたUPC北中央軍においても高まってきている。
つまりは、その撃墜こそが最終的な勝利に繋がる、という考え方だ。
仮にシェイドを破壊できたならば、その戦略的意味、士気の向上など、恩恵は計り知れないものとなるだろう。
「極秘」とされながらも、第二次五大湖解放戦は比較的早い段階から傭兵に告知されていた。
情報とは、知る人間が増えれば、裏切り者がいなくとも漏れていくものであるにも関わらず、だ。
「我々こそが囮だ」
オリムはそう言う。
つまり、彼女の狙いは最初からシェイドを筆頭とするバグア軍の精鋭兵器だった。
「バグアの通常戦力と精鋭兵器を切り離し、これを撃滅する」
その為にも、北米バグア軍の通常戦力を五大湖に引きつけ、可能な限りシェイドやステアーを裸にする必要がある。
言うなれば、情報漏えいも含めて、オリムの作戦であったのだ。
「これより、”シェイド討伐戦”War of independenceを発令する!」
――第二次五大湖解放戦は、密かにその真の名前を明らかにしようとしていた。
執筆 :
瀬良はひふ