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バレンタイン強襲戦
【慣性制御装置】
 聖那がいない生徒会室。
 慣性制御装置の確保成功の報は、
 作戦立案の中心であったジョン・ブレストとウォルター・マクスウェルの元にも届いていた。
 能力者達はそれらの装置を持ち帰ることはできるのであろうか?
●カンパネラの2人
「そうか。作戦は成功したか。‥‥全く、心臓に悪いな」
 睡眠が不足しているのか、ジョン・ブレスト(gz0025)は幾分青い顔をしている。対照的に、ウォルター・マクスウェル准将(gz0139)は元気そうな様子だった。
「私とて生徒の心配はしているがね。自身の管理は怠れぬのだよ。動くべき時に寝込んでいたでは笑われてしまうからねぇ」
 聖那がいない生徒会室。自分で淹れた紅茶にウマそうに口をつけてから、准将はそう言った。ちなみに、ブレストの非難の9割以上はマクスウェルの睡眠時間ではなく、出てきた飲み物がコーヒーでない事に向いている。
「慣性制御装置、か。手に入れれば参番艦が空を飛ぶ、‥‥のかな? そんな噂を聞いたが」
 ブレストの非難など意に介さず、准将が顎に手を当てた。大艦巨砲主義発祥の国に生を受けた彼にしてみれば、大きい物が飛ぶのは嬉しい事なのかもしれない。が、ブレストは無情にも首を振った。
「いや。おそらく参番艦は飛行するようには作られていない。構造的に無理だろう。だが、ホバークラフトのように地表すれすれを浮かす事はできるやもしれないが」
 そもそも、慣性制御装置は空を飛ぶための魔法の道具ではない、とブレストは講義口調で続ける。面白そうに相槌を打ちながら、准将は深く腰を引いて背もたれに身を預けた。長くなりそうな話だが、聞いておいても損はないと思ったのだろう。
「そもそも、バグアの謎の装置を我々は慣性制御装置と呼んではいるが。反重力‥‥、いや重力キャンセル装置とでもいうべき機能も備えている。噴射などを行わずにワームが軽々と空を飛ぶのは、地球の重力をほぼ打ち消しているからだ」
「そして、ヘルメットワームの急停止や旋回を可能にしているのが慣性制御、だろう?」
「その通り」
 意外と詳しい准将にそう返しながら、ブレストが首を傾げた。英国は偉大なSF作家を幾人も出している、と笑うマクスウェルはどこか得意げだ。


●理論と現実と
「で、今回の物は慣性制御装置であって重力制御装置ではないから、飛んだりは出来ないという話か。‥‥そうではないのかな?」
 ブレストの顔色を見て、准将は考え込む。少ししてから、肩を竦めて降参の仕草をした。
「別に妙な話じゃない。慣性制御と重力制御は似て非なるものだが、根っこの部分では共通しているという事さ。バグアにしてみれば、我々が暖房と冷房を一つの機械で賄う程度の問題なのかもしれんな」
 進歩しすぎたテクノロジーというのは、まさに魔法だ。それが異なる道筋を進歩しすぎたのか、理解を拒む前提が多すぎるが故に魔法に見えるだけなのかすら判らない。人類で最高と目されるブレストらの知性を以ってしても、現時点ではその根幹は解明はできなかった。ただ、一部の操作が出来るようになっただけだ。
「ブラックボックス、というと聞こえがいいがね。我ら人類の誇りであるユニヴァースナイトは『わけのわからん機械』に頼って飛んでいるわけだな。緘口令も敷かれる訳だよ」
 現在までに、弐番艦の2基、壱番艦の4基と両翼の爆撃艦に1基づつの計8基が実戦に使用されているという。それ以外にも両艦の破損時の交換用、兼研究用のものが存在するが、決して多くは無い。今回の作戦で、貴重な材料が一気に倍以上に増えた事は、科学者としては喜ぶべきことなのだろう。失う危険性が大きいが故にできなかった実験などもある、とブレストは言う。
「何とかして、仕組みが判ればとは思う。KVに積める様な物でもできれば、連中が少しは楽になるだろうしな」
「実験するのはいいが、鉄くずにするのは勘弁してくれよ」
 喉を鳴らす准将に、ブレストはげんなりした顔をした。この仕事についてから何度言われたか判らないジョークなのだろう。
「軍としては、即効性を考えたいだろうが‥‥」
 語尾を濁した科学者に、軍人は軽く頷いた。ユニヴァースナイトクラスの艦は、重力制御装置が手に入ったからといって簡単に建艦できる物ではない。特に、動力部にはG光線理論による『G動力炉』、別の意味での『不明技術』が使われているのだ。
「しかし、理論を発表したウィリー博士も、そこから先で困っているとは聞く。G放電程度の小型装置ならともかく、動力炉クラスとなると製造も簡単にはできないようだしね」
 G光線についてはSES同様に、バグアの超技術を研究する上で生まれた人類側の技術ではあるのだが、どうしてこうなるのかが判らない部分も多いのだ。しかし、逆に言えば、エンジンや武装、電子設備などに拘らなければ。
「あれほどのもので無くとも小型の飛行空母が1ダース作れる。随分と前面展開が楽になるだろうな」
「まだ手に入った、と言うわけではないのだろう? 帰りは面倒になっていると聞いた」
 唇を曲げて、ブレストは席を立つ。どうやら、自分でコーヒーを淹れる事にしたらしい。


●そして、これから
「で、現実には、その装置は何ができるのかな? 即効性を考えるべき立場としては、聞いておきたい」
 例えば、今しがた例に出した小型飛行空母は出来るのか、と問うマクスウェルへ、ブレストは落ち着けと言う様に片手の平を向けた。
「何故か、が判らないのは今言ったとおり。だが、どれくらいまでの慣性を制御できるか、重力を打ち消せるかという話は、どうも合わせた量で限界が決まっているようだ。調整の仕方は、現在まででほぼ判っている」
 判っている事実として。中型HWの慣性制御装置は直径30m程度の戦闘円盤をマッハ5で振り回す事が出来る。
「‥‥という事は、調整次第では人類側でシェイドの製作も可能と言う事か?」
 あまり期待していない様子の准将に、ブレストは軽く唇を曲げた。そんな事が可能ならばとっくにしていると、2人とも判っている。
「慣性を消す、といっても装置からの距離に応じて微妙なズレがあるようでな。マッハ10で急旋回などしたら、おそらく翼の先端と本体の間に掛かる瞬間的な負荷は相当の物だ。捩れて空中分解するのがオチだろう。それに、慣性を打ち消しても空気抵抗は残る」
 要するに、あんな機動に耐えられる機体を作る技術は、人類側には無いと言うのがブレストの答えだった。大きくする方の限界はと言えば。
「重力をキャンセルするだけなら、かなりの質量までやれるようだ。まあ、捩れの問題はこっちにも付いて回るようだが」
 例えば、ユニヴァースナイトは艦体を慣性制御下に置く事を諦め、重力を遮断する方向へ多くを割く調整がされているとブレストは言った。それがゆえに、あの巨艦は加速や減速に相応の距離と時間が必要となっている。悩みだした准将に、そういうのを取らぬ狸の皮算用、というのだとブレストは笑った。
「‥‥まあ、1つでも多く無事に戻ることを祈るよ。おそらく、今後同じ手は二度と使えないだろうからな」
 片眉を上げながら、准将はそう返す。1人でも無事に、という部分は口にしないのが彼の流儀だった。