己丑北伐 ‐基礎情報‐
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己丑北伐――基礎情報

●北米:UPC軍司令部
 ヴェレッタ・オリム(gz0162)中将は、通信をよこしたハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将の様子に、思わず苦笑する。一刻も早く成果を知らせようと思ったのだろう。普段ならば一分の隙も無く整えられている軍装が、随分乱れていた。
「寝不足か? 准将。酷い顔だな、だが‥‥」
 北米にいるよりも楽しそうだ、と言いかけてオリムは言葉を切る。軍用通信に、相応しからぬ挨拶だと思ったからだ。そんな彼女の内心に気づいたかどうか。
『‥‥レプカ救出作戦は‥‥功し‥‥した。‥‥給物資の‥‥配に感謝します』
 長距離通信でやや乱れた画像越しでも、判る。ブラットの口元は綻んでいた。敵に参番艦が捕捉され、一時は絶望的かとも思えた決死隊の回収。それが戦史に残るほどの鮮やかさで成功したのだから、彼ほどの軍人であろうとも、少しは浮いた気分を感じているのだろう。
「そうか。だが、まだ中国が有るな。暫くは戻れない、‥‥か」
 オリムの念頭には、弐番艦を欠いた北米の戦力バランスがあった。たった一隻の艦がこの地を空ければ、その分だけバグアの動きが活発さを増す。突出したエース機に多くの力を委ねるバグアと、UPCの運用思想は本質的には大差が無いのかもしれないと自嘲した。
『は。クリスマ‥‥でには、吉報と共‥‥帰還しま‥‥う』
「そうか。祝杯を交わすことを楽しみにしている」
 鮮やかな敬礼を返す、ブラット。原子時計と異名を取る彼がそういうのならば、それは可能なのだろう。グレプカの破壊のみならず、射手座のシモン(gz0121)を撃墜したとの報告が手元に届いていた。東南アジアの戦力バランスは、数日前とは一転したと言っていい。
「‥‥しかし、な」
 もう何も映してはいない画面を見ながら、オリムは瞑目した。確かに、弐番艦と傭兵、UPCの全軍を挙げれば瀋陽を落とすのは容易に思える。いや、容易だ。いかにユダといえども同時に複数の場所を護る事などできはしない。しかし、オリムは嫌な予感が拭えなかった。
「しかし、ブラット。あのロシアでも、我々は勝利の寸前に予想だにしなかった化け物を見たのだぞ」

●豪州沖:参番艦
「潜水艇が帰還しました」
 豪州バグア軍の執拗な攻撃を退け、参番艦は北上しつつあった。グレプカ攻略、及び救出の成功は、正規軍の彼らの尽力による部分も大きい。そして彼らは今、今回の戦いの果実を手にしようとしていた。
「第三艦橋のハッチを開けろ」
 そわそわと軍帽を直しながら、艦長は言う。非番であれば、自分も覗きにいったかもしれない。撃墜され、海底に沈んでいたステアーは、参番艦の艦載艇の無骨なロボットアームに抱えられるようにして回収されていた。
「おい。まさか、生きてはいないだろうな?」
「ハッチ閉鎖。排水、開始。‥‥生命反応は無いってさ。あの若ハゲも年貢の納め時ーってな」
 囁かれる私語を咎める気にもならず、艦長は苦笑する。ステアー1機。それは、この突発的任務の思いもしなかった余禄だった。

 排水の終わった艦底区画では、鹵獲されたステアーが台に固定されていた。北米で撃墜された物に加えて、2機目。まだ原型を止めているこちらの方が、研究対象としては価値が高いだろう。
「本当に、死んでるんだろうな?」
「しつっこいな。回収前に、何本も探査針をぶち込んで調べてるんだから間違いねぇよ」
 無駄口が多いのは、安堵ゆえもあるのだろう。損傷も大きい参番艦は、ステアーを輸送しつつ母港へ一度帰還することになっていた。


●中国:瀋陽市外
『正直な所、自決の覚悟をしていたわ。
 私の知っている情報の重要さを考えれば、すぐにそうするべきだったのかもしれない』

 意識を半ば手放していた、と言うのは言い訳だ。ユダに遭遇し、攻撃を受けた瞬間ならば選べた選択だった。しかし、ユダの放った光の奔流を前にして、判った事がある。

『私は、死にたくなかった。他の大勢の兵と、それにあんた達と同じ様に』

 マウル・ロベル(gz0244)大尉は認める。すぐ隣の死の影に、自分が怯えたことを。
 そして、認める。まだ生きていて良いと知った瞬間に感じた安堵を。
 諦めと不安が交錯する中で、聞こえた声から確かに感じた『最後の希望』。

「あんた達に感謝するわ。生きていた事だけじゃない。もう一度、一緒に戦える機会をくれた事を」

 病室から抜け出して、仮設指揮所へ。顔見知りの士官は、肩を竦めて包帯だらけの彼女を通した。見慣れた景色と、嗅ぎ慣れた空気。しかし、僅かに違和感を感じる。
「‥‥バカ」
 中央の机に広げられっぱなしの戦略地図。誰が書き込んだのか知らない『マウたん撃墜地点』の文字と、彼女を示すのだろう可愛らしい人形が立っていた。それは、心細そうに泣いている。それはいま、彼女が目元を拭ったのとは違う理由だ。

 座りなれたシートは、まだあった。携帯端末を起動し、報告に目を走らせる。前線で無くともできる仕事はある。共に戦う仲間に報いる手段も。急いで、自分が不在の間の状況推移を確認した。外門を手中にし、外殻の通路もほぼ制圧。その多くは、傭兵の先鋒による戦果だ。
「発電所、は‥‥」
 マウルが撃墜されたのは、第三発電所だ。複数の発電所のうち、最大の物は第一発電所と呼ばれていた。その攻略に成功したか否かが、この戦いの帰趨を決める。

――第一発電所が、炎と黒煙を上げている。
――第三発電所の上空も、KVが旋回しているのが見えた。

 電力の喪失で、瀋陽が要塞都市たる防衛設備の殆どは無力化されたはずだ。空を睨む異形の塔アグリッパはその多くが既になく、ユダのシェイク・カーン(gz0269)も後退した。前線に現れたドリス(gz0267)も奮戦の末に撃墜されたという。もはや、瀋陽の制圧を阻む戦力は残っていない、かに思えた。
「‥‥勝った、の?」
 口にした瞬間に、違和感に気づく。防衛力を本当に喪失したのならば、バグアは後退する筈だ。敵はいまだに、瀋陽の一部を堅く守っていた。まるで、逆転の一手を残しているかのように。


●東南アジア:UK弐番艦上
『――グレプカの破壊は、2人の傭兵の犠牲で成し遂げられたの。
 ‥‥マイナス2、プラス大きな1。それは戦争では普通の数字なの。
 大きな1の為に、たくさんのマイナス。でも、あの人たちの中ではそれは足し算でも、引き算でもない』

 広場に立った彼女は、口々に悔やみを述べる傭兵達を不思議に感じていた。1人や2人ならばわかる。しかし、彼女と会話した者の多くが、その数字にココロを奮い立たせていた。

『これ以上、誰も失いたくない、と言いながら、皆は通り過ぎていったの。
 私は――』

 白瀬留美(gz0248)少尉は、認める。口先では同意しつつも、そんな事が出来るわけが無いと思っていた自分を。  そして、認める。そんな夢想の結果を見たいと思って、この場所へ来た事を。
 自らの意思を表に出さぬ彼女が、上官に初めて告げた『最初の希望』。

「数字じゃない、何かがそこにあるのなら。それを見てみたいの」

 戦場で多くの兵が、動く。それは戦場を盤上と見ればコマの一つ。その一つ一つが何を考えているのかなど、意味を持たない事ではないか。そう、思っていた。

「ステアー、動きません。いえ‥‥動けない、の?」
 交戦中の艦橋で、電子装置に囲まれた彼女には見える。絡め取る糸の様に張られた線の一本づつが生きている事を。そして、それを受けて動きだした槍の穂先もまた、意志を持っていた。盤面中央へ向かおうとする敵を遮る壁も。そして、この場で指示を出す者も。
「‥‥っ」
 思わず、拳を握っていた。盤面から顔を上げ、背伸びするように装置の隙間から、窓の外を見る。ただの人間である彼女には、視認できない目まぐるしさで動く艦外のKVと敵。その中で、見えるはずも無い物が確かに見えた。  ――真紅の機体が動きを止め、炎と煙を噴き上げた姿を。
 ――無数の敵が、算を乱した瞬間を。

 そして今。圧倒多数の敵を退けた『彼ら』の中に混じって、彼女はこの場にいる。グレプカ火山。2人の傭兵が命を失った場所。今ならば、その2人がただのコマでは無かったと判る気がした。


●そして、バグア
「‥‥ドリス。死んだのね」
 シェイクは、ただ一言そう言った。既に役に立たなくなった試作型ユダを破壊し、彼女は単身、地下深くを目指している。電力を失った防衛線は諸所で寸断されていたが、まだ中枢まで敵の手は及んでいない。
「これからどうするのさ?」
 不意に、少年の声が響いた。天井のパイプに足をひっかけ、さかさまにぶら下がった甲斐 蓮斗(gz0154)。シェイクが眉一つ動かさないのを見ると、つまらなそうに降りてくる。
「‥‥この失態を、上層部はもはや許さないでしょう」
 いや、彼らはただ無関心に聞き流すだけだ。許せないのは、彼女自身。これ以上の屈辱を背負って生きる事はできなかった。何も語らず、地下へ進むシェイクを、蓮は口を尖らせて見送る。
「ふーん。じゃ、僕は勝手にやるよ」
「まだ、手伝うのですか? 敗残の私を」
 点数にもならないのに。振り返ったシェイクに、少年はニッと笑う。
「試合は9回裏、ツーアウトからが見逃せないって言うし?」
「‥‥物好きですね」
 仮面の如き無表情だった女も、口元を歪める。知性派だと自認していた自分が、その言葉に昂ぶるのを感じて、笑わずにはいられなかった。
「やはり我々は戦いの業から逃れられぬ生き物と言うわけですか」
 足を止めて、見上げる。それは、建設中の第五発電所だった。稼動さえすれば、第一から第四まで全ての電力をまかなってお釣りが来るはずだ。が、戦いに間に合わなければ意味が無い。そう、さっきまでのシェイクは考えていた。
「いいでしょう。最後にバグアのなんたるかを、彼らに見せて差し上げましょう」
 ずぶり、と隔壁へ手刀を差し入れる。完成すれば、数千度の熱に耐えるはずの防護壁は、彼女の腕にバターのごとく切り開かれた。シェイクは、冷たい炉心へとゆっくり歩み寄る。
「‥‥融合開始。さぁ、つきあって頂きますよ、地獄まで」
 彼女の周囲が白い輝きを帯びた。

「‥‥」
 そして真紅の悪魔も、それに呼応するかのように脈動を開始する。
――ドクン、ドクン。――ドクン、ドクンと。
「なっ‥‥シモンは死んでるはずだ!?」
「生命反応は無い。間違いなく奴は死んでいる。可能性はステアーが自――」
 ひしゃげていた装甲を突き破り、触手が針のように突き出た。研究員の血を飲み干すように震えてから。
『ごぶぁ‥‥』
 奇怪な音を、吐いた。ズルズルと、太い触手が床を這う。その様子は、艦橋でもモニターされていた。
「応答してください! くそ、誰か返事しろ!」
「ス、ステアーが再起動したのか!? いや、これは‥‥」
 生き残ったカメラからの映像に、艦長は絶句した。それは、まかりなりにも異星の戦闘機だった形状から、もっと生物的な何かに変じている。
「第三艦橋を切り離せ」
 ズシン、と響く鈍い音。しかし、オペレーターの悲痛な声が惨状を告げる。
「‥‥ダメです、既に敵は艦内に‥‥!」
 触手を束ねた肢の様にして、内蔵の塊のようなそれはゆっくりと艦内を動き始めた。その進路の先にある物を確認して、艦長は目を見開く。
「いかん、奴の狙いは動力炉だ!」
 ズルズル粘液質な音を立てながら、進むステアー『だった物』。それから千切れた欠片は、それ自体が形を取って動き出す。それは、搭乗者のシモンの醜悪なパロディのような姿だった。
「くそっ‥‥ゾンビの群れかよ! ホラー映画は夏だけにしてくれ!」
「隔壁を降ろせ! 第四KV格納庫へ誘導しろ!」
 艦内各所で悲鳴が上がり、緊急を告げるアラートランプが赤く周囲を照らす。
「‥‥本艦は非常事態を宣言する。弐番艦に救援を要請しろ!」
 人類の敵は、まだその真の姿を我々に示してはいない。その、恐るべき実体を。

執筆 : 紀藤トキ
文責 : クラウドゲームス


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