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己丑北伐

●中国戦線の実情
●中国戦線の影

 暗い部屋に大きな執務用机と何時間座っても腰負担が掛からぬゆったりとした背もたれ付椅子が置かれている。
 そこに男が1人座っていた。
 巨大なコンソールパネルに映し出される映像を静かに見つめていた。
 包まれるようなゆったりとした感覚は、母親の腕かゆりかごのようだとこの椅子を献上した地球人は言っていた。
 男には地上に降り立てだいぶ経つが、どちらもそれらに包まれた経験がない。

 地上に降り立った頃は、今の若い者たちのように地球人を見かける度に殺す事もあった。
 年齢や男女を問わず、片っ端から殺していった。
 母を腕に抱く子もろともに殺したこともあった。
 あの時は感覚は、この椅子のような安定感を与えただろうか? と自問する。

「触覚というのはこの姿ならではの楽しみですね」
 自分達には存在しない進化や感覚、感情──男にとって地球人というのは生きている限り興味は尽きない。


 殺し、奪ってしまえば、得られる楽しみはほんの一瞬である。
 地球人という存在は、最早狩りの対象というよりも研究材料であった。
 家族や恋人、親しい友人らを殺された事を知った際に見せる地球人の感情というモノに強く興味を引かれたのだ。
 己の好奇心を満足させる事に比べれば皆殺しにする事など塵に等しい。


 ──中国大陸の東。
 パネルに映し出されている北京市を見つめる。

 北京市を取り囲む5つの市をつなぐ様にドーナッツ状の攻撃ラインで北京市を取り囲んでいる。
 男が指示をして作り上げた鉄壁の包囲網──入るものは通すが、出るものを拒む包囲網である。

 幅200kmに渡る広大なラインを地球人類側は崩す手段を現在、持っていない。
 大きな要因は──

「バークレー君、貴方は本当に真面目すぎる人でしたねぇ。貴方の残していったものは、余りにも大きいですよ」

 ロシアで散った嘗て指揮下にあった者を思い出す。
 一部の者から馬鹿者扱いされていたバークレーであるが、男にとっては忠実に命令に従い、1年以上にわたって北京包囲網を管理し続けた可愛らしい存在であった。
 だが、ブライトン博士の意向でインドに進軍した際に、軍人らしく西安を制圧していったのが、男にとっての計算違いであった。


 パワーバランスが崩れてしまったのだ。

 シーソーの両端のように揺れ動いていた中国戦線における地球人とのバランスが、一気にバグア側に傾いてしまった。
 その意味では、男にとって極東ロシア再侵攻の計画好都合であった。
 バグア遊撃隊のシェイク・カーンに任せて、極東ロシアへと兵力を振り分けて中国国内のパワーバランスを調整できたからだ。
 西安はまもなく地球人達の手に奪還されるだろう。

 それにしても、先のロシア戦で判ったように上層部の一部が地球に飽き始めている事実は男にとって都合が悪い状況である。
 たった2年間という短い期間の実験は、男が長年地上で経験したものから大凡推測されるものであった。
 だが地球人を長く生きながらえさせれば、それだけこちらが予測しないモノが双方に現れ、男を楽しませる事も十分に判っている。


 ──男は静かに目を閉じる。


 インド戦以降、ラインホールドを沈められ、シェイドはダメージを食らい、支配者としてのプライドがバグア上層部を刺激しているのは確かである。
 地球人たち作ったというUK3番艦を沈めて見せればよかったのかもしれないが、あんなにムダで可愛らしい玩具は久々の出物である。
 はい、そうですか。と沈めるには、惜しすぎた。

「おかげでブライトン博士も大忙しという所ですね。まあ‥‥もっともアレが完成すればしたで見ている方は盛り上がるんですがね‥」

 男が本気になれば北京等は数日でこの世の中から消し去る自信があったが、それではこの戦争ごっこは面白くないのだ。
 だが、男とて分は弁えているつもりである。
 真の目的や考えがばれれば、男が多くを粛清してきたように上層部は男を簡単に消し去るだろう。

 だが、男としても今、死ぬわけには行かない以上、上層部の目を地球人に向ける必要がある。
 折よく地球人は極東ロシア再侵攻に対して、先手を打ってきた。
 もっともそれは上層部の意にそぐわないかも知れないが、とりあえず上層部や何やらが動きやすい刺激であるのは確かだ。


「‥‥さて、変化を生む為の次の一手は、どうします?」

 男──バグア軍アジアオセアニア総司令官ジャッキー・ウォンの細い目が更にすぅ‥と細まった。


執筆 : 有天
文責 : クラウドゲームス