アジア決戦
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9月30日の報告
9月25日の報告

<報告書は前編:後編から成る>


『――FRが1機墜とされたそうだな』
 無線機の彼方から聞こえる老人の声は、明らかに怒気を含んでいた。
「面目ございません」
『パイロットのギルマンはどうした? 死んだのか』
「現在捜索中ですが‥‥なに、あれしきで死ぬほど柔な男でもありますまい。欧州での失敗に鑑み、自爆装置とセットで脱出カプセルも装備しておりますから」
 シモンは神妙な口ぶりで答えたが、その目は笑いをこらえるかのように細まり、とても罪の意識や撃墜された仲間に対する負い目を感じている様子は窺えない。
「ご心配なく、博士。FRの喪失は痛恨事ではありますが、インド北部における戦況は我が軍の有利に進んでおります。中国方面からの援軍到着。東京からのシェイド遠征――ここにあと1枚、強力なカードをお許し頂ければ、失ったFRを補って余りある戦果を上げてご覧に入れましょう」
 数秒の沈黙――。

『‥‥よかろう。ステアー出動を許可する』

「感謝いたします」
『だが‥‥忘れるなよ。ステアーはシェイド同様、我が生み出した芸術品だ。特に内部の生体機械を破損した場合、修復には通常のワームより長い時間がかかる』
 それはバグア軍内部でも最高レベルの機密とされ、1機でHW百機分にも匹敵する最強戦闘機を容易に使用できない理由のひとつでもあった。
『それともうひとつ――もはやFRを失うことも許さんぞ。これ以上、愚かな人類をつけあがらせるわけにはいかぬ』

 通信を切り、背後を振り返ると、地下ハンガーのエレベーターから前進翼型の、血のように赤黒い不気味な色の機体が地上へとせり上がってくる。
「ようやく、こいつで実戦に出られる時が来たか――」
 満足げに薄笑いを浮かべたシモンは、続いて傍らに立つ、身の丈2mを超す黒人の若者を横目で睨んだ。
「今回は、この前の様に勝手な後退は許さんぞ?」
「‥‥」
「そう不満そうな顔をするな。貴様は強い戦士と戦いたいのだろうが? 今日の獲物はギルマンを墜とした敵の精鋭部隊だ‥‥相手にとって不足はなかろう?」
「‥‥判った」
 ダム・ダルの返答を聞くなり、シモンは背中まで伸ばした黒髪をなびかせステアーへと向かう。
「私は早くケリをつけたいのだよ。既にオーストラリアでは、カメル侵攻作戦の準備が整っているのでな」

●インド北西部〜デリー近郊
 パキスタン方面から怒濤のごとくなだれ込むバグア・アラブ軍の攻勢に、市街地から残りおよそ4kmの地点まで防衛ラインを押し下げられ、今やデリーの運命は風前の灯火となっていた。
 さらに北の中国方面からはバグア軍の空中輸送艦ビッグフィッシュの大艦隊が迫り、さらに一度は撃退したといえ、東京から飛来したエミタ・スチムソンのシェイドが再びデリー攻撃の機を窺っている。
 まさに四面楚歌。しかしながら、人類側にも希望はあった。
 1機とはいえあのFRを自爆に追い込み、「ゾディアック」も決して勝てない敵ではないと証明した事。そしてツォイコフ中佐率いる空中空母ユニヴァースナイトによる援軍。
 UPCのデリー防衛部隊がシェイドを、UKが敵輸送艦隊を撃破してくれる事を信じ、ここデリー西部の戦線では、バグア軍の侵攻をわずかでも遅らせるため正規軍と能力者の傭兵部隊が頑強な抵抗を続けていた。
 先の戦闘で傷ついたKVを修復した者、他の戦線から駆けつけてきた増援を含め、傭兵側KVも前回を上回る兵力が補充されている。また戦線を後退させた結果、人類側の守備範囲や補給線も縮小し、再構築された新たな防衛ラインで物量に任せたバグア・アラブ軍の進撃を食い止めるべく善戦を続けていた。

「取って喰われた人間の癖して、進化を言うのが戯れ言にゃんにゃーよ」
 CWによるジャミング下、各部隊が保有する電子戦KVの中和装置により辛うじて繋がる民間向けラジオ放送から、【FM−Rev】DJのルュニス(ga4722)がエミタ・スチムソンの人類降伏勧告を辛辣に揶揄する。
 既にデリー市街までが敵の射程圏内に入り、一部のタートルワームは兵装を対地攻撃用の実体弾に切替え、曲射弾道を描いたバグア式榴弾が雨あられと降り注ぐ中、野外局からのラジオ放送だけでも命がけである。
 それでも弓削・瑪瑙(ga8195)、柊神・祢於(ga4633)らの体を張った護衛により【FM−Rev】は友軍を鼓舞し避難先の民間人には勇気を与え続けた。
 最前線では【Cadenza】【IMP】【Legions】【イエローマフラー隊】【オラトリオ隊】【ガーデン迎撃部隊】【フルーツバスケット】【ミナス・ティリス】【暁の騎士団】【若葉【弐】】【蒼穹武士団】【第0127機動部隊】【放課後クラブ隊】【櫻第一小隊】【咎人】【ガンアンツ】、その他各隊やフリーの傭兵達が、再構築した塹壕地帯、もしくはKVの性能を駆使した機動防御により敵の猛攻を正面から受け止めている。

「敵が多いっても無限じゃないわ。一撃を大事に、確実に減らしていくわよ」
 【イエローマフラー隊】の遠藤鈴樹(ga4987)が仕事柄身についた女声で号令し、同隊の勇姫 凛(ga5063)、潮彩 ろまん(ga3425)とも連携して、互いのリロードの間隙を埋めつつSライフルの猛射を絶え間なく続ける。
 ライフル組の火線を乗り越えて突入してくるキメラやワームに対し、
「デリーが陥落したら悟りを開けなくなって困ります!」
 よく解らないが本人なりに切実な動機で、香原 唯(ga0401)がレーザー砲を照射した。
「常に最後方で守って貰うだけの隊長じゃ、皆に申し訳ないしね!?」
 陸上では最大規模となる【ガーデン】隊長、メアリー・エッセンバル(ga0194)は自ら陣頭指揮に立つと、部隊間連絡網「CL」から得た情報に基づき目前に迫るタートルワームに対して一斉砲撃を指示する。
「ガーデンの連携を舐めないことです‥‥!」
「こ、これは‥‥背水の陣! おおお、浪漫っ! 滾ってくるねっ!」
 風間 静磨(gb0740)、斑鳩・南雲(gb2816)ら若い隊員達も意気軒昂で、敵の主戦力である大亀型ワームを次々屠っていった。
 陸戦といえば名古屋防衛戦以来の雄【ガンアンツ】もまた、比留間・トナリノ(ga1355)の指揮の下、塹壕戦とKVの機動力を駆使してガトリング砲、Sライフルの弾幕を張って敵の前進を阻む。
「ここから先は、アリ一匹通しませんよ!」
 その戦いぶりは、隊名のごとく敵に食らいついて離れない「銃蟻」そのものだ。
 ただし戦闘の際、「CL」「天糸」と複数の部隊間通信網が混在し、若干の混乱を招いた事は今後の課題点といえよう。
 飯島 修司(ga7951)率いる【若葉【弐】】はW型の砲撃陣形を敷いて専らキメラ掃討の任務についていたが、次第に前線が押されてくるにつれ、目標は自ずとワームが多くなっていく。
「進化‥‥冗談ではありません。ゆりかごに乗せられて成った進化に意味はないわ」
 シア・エルミナール(ga2453)は自ら「神」を気取るバグア達への嫌悪を露わにし、双子の姉と共に同じ阿修羅による機動防御で前衛を突破したキメラやワームを仕留めていった。
「ユーリより小隊各機へ!『演葬』開始だ!」
 字夜・由利奈(ga1660)が【Cadenza】隊員に指示を飛ばし、前線を突破した敵ワームに対し「攪乱・牽制」「火力重視」の2班編制からなる連携攻撃「演奏」を展開。

 やや後方では、執拗に補給ライン遮断を狙い出没するEQを目標に、【Alicedoll】【Astraer】【暁の騎士団】といった対EQ専門班が死闘を繰り広げていた。
「ミミズが来ます。警戒してください」
 各所に配置した地殻変化測定器からの情報を元に忌瀬 叶(gb0395)が警告を発し、【Alicedoll】隊員達が待ち伏せ攻撃を準備する。
「前線を押し返すのは前衛の仕事だけじゃない‥‥私達というバックスも居ます!」
 【Astraer】のナオミ・セルフィス(ga5325)も、地上に頭を覗かせたEQ目がけて135mm対戦車砲の砲弾をお見舞いした。
 測定器の導入により以前に比べ対策の整ってきた地中ワームではあるが、それでも初期型の無改造KVなら一撃で大破させるといわれる呑込み攻撃、そして前線を突破していつどこに現れるかもしれぬ「陸のUボート」ともいうべき隠密性は未だに重大な脅威だ。
 特に今回、主な対EQ専門部隊がデリー市街防衛へ移動したため、少ない兵力でEQ対策を一手に引き受けた小隊や個人の功績は称賛に値するだろう。
 彼らがEQの動向に眼を光らせる一方で、【ハーベスター】【ハニービー】【補給隊】他、有志の傭兵達は武器弾薬や負傷兵などを搬送し後方の補給基地兼救護所と最前線を頻繁に往復、もしくはその護衛に付く。
 しかし次第に前線が後退し、後方地域にも敵の砲撃が届くようになると、これまでEQの奇襲さえ警戒していれば比較的「安全」と思われていたこれら補給部隊にも、徐々に被害が出始めるようになっていた。
 いくら最前線の防衛ラインで迎撃担当の傭兵達が奮戦しても、頭上を通り過ぎていく砲弾ばかりは止めようがない。
 先刻から一部のKV部隊が戦術爆撃で敵後方のタートルワーム群を叩こうと試みてはいるのだが、前回単機侵入によるフレア弾爆撃を許してしまった失敗からか、バグア側の対空砲火も凄まじく、容易に近づけないのが実情だった。
 そんな中、【放課後クラブ隊】のメンバー内で「空挺強襲作戦による敵砲撃陣地の破壊」という大胆な作戦が練られていた。
 これまでは専ら地道な支援戦闘が多く、その分隊員の被害も少なく済んでいた同隊であるから、これはある意味で重大な方針転換である。とはいえ、このまま砲撃を浴び続けていれば、いずれデリー市街の被害が増し人類軍が総崩れになるのは火を見るよりも明らかだ。
「守る為に攻める! 死中に活ありだ、全機続け!」
「これ以上デリーの街はやらせない。土砂降りの鉄の雨は俺達が止めるさ!」
 ゼラス(ga2924)、新条 拓那(ga1294)の呼びかけに隊員達が応えた。
 彼らは飛行形態に移行すると楔型の編隊を組んで敵砲撃陣地に高速接近、ロケット弾や煙幕銃、ラージフレア等を駆使して敵前衛の対空砲火を突破すると、アイリス(ga3942)の雷電を先頭に敵陣のまっただ中へと降下した。
 だが、そこに待っていたのはタートルワームだけではなかった。
 砲火をくぐり抜け陸戦形態で着陸したKV部隊を見るや、護衛と思しきゴーレム部隊がバグア式BCアクスやディフェンダーを構えて襲いかかってきたのだ。
「こいつらは俺たちが引き受けた! 他のみんなは亀野郎を頼む!」
 ゼラスと拓那がゴーレム部隊を引きつける形で、他の隊員がレーザー砲など知覚兵器メインでタートルを狙う。
 御坂 美緒(ga0466)のウーフー、石動 小夜子(ga0121)の岩龍による高々度からの電子支援もあり、短時間の戦闘でタートルワーム部隊にかなりの被害を与える事に成功したものの、周囲からわらわらと集まってきたゴーレムと陸戦ワームに包囲され、【放課後】の切り込み部隊は全滅の危機に晒されてしまった。
「任せて下さい、皆の活路は必ず切り開きます」
 赤霧・連(ga0668)のアンジェリカ、近伊 蒔(ga3161)の雷電が全火力を叩き込み、ボロボロになりつつも仲間達の脱出を支援。最後は蒔が重体のケガに耐えつつ大破した連の機体を引きずるようにして撤退した。

「どうやら我等の出番のようだな‥‥」
 【放課後】隊の活躍により一時的に敵の対空砲火が弱まったのを「CL」で確認した【特務部隊・零小隊】シリウス・ガーランド(ga5113)が呟き、同部隊28機のKVは空へと舞い上がるや一気にバグア陣地上空へ突入した。
「うっし!! やったるかぁ!!」
 魔神・瑛(ga8407)が気合いを入れ、
「フレア弾の一斉投下を開始します。データに従い位置に着いて下さい」
 篠崎 公司(ga2413)が冷静な声で僚機に指示を送る。
 次々炸裂するフレア弾の劫火の中、絨毯のごとく密集していた多くの陸戦ワームが自爆していく。
 バグア側からの支援砲撃が途絶えた機を逃さず、【ガーデン】【ガンアンツ】他の地上部隊も塹壕から飛び出して積極攻勢に移った。
 敵前衛部隊のワーム・キメラは大きな被害を出した挙げ句、ついには徐々に後退を開始した。
 形勢逆転。この調子なら、逆にパキスタン方面への反撃も夢ではない――。
 誰もがそう思った、そのとき。
 【零小隊】第2波の爆撃班に目標を指示するため、バグア陣地上空を飛行していた高城 凶也(ga5654)の岩龍が突如爆発し、黒煙を引いて墜落した。

 上空や地上のKV機内から。
 補給所や民間人の避難所から――。
 一斉に西の空を見た人々の視線の先に、「それ」は姿を現わしていた。

●悪魔の翼
 50機近い護衛の小型HWを引き連れたステアー。そしてその右上辺りを、光学迷彩も使わずに飛ぶ「牡牛座」のFR。
 敵の新鋭機が来る事はある程度予想されていた。
 だがそれは、前回討ちもらした2機のFRだろう――と、誰もが思っていたのだ。
 そしてステアーのパイロットは、傭兵達がよく知っている若き天才科学者でも、金髪碧眼の青年でも、幼い少女でもない。

 赤黒い機体の横腹に描かれた「射手座」のエンブレム。
 かつてオーストラリア上空で一度だけ偵察機が撮影した「ゾディアック仕様ステアー」が、この日初めて戦場に姿を現わしたのだ。

 爆撃用装備の【零小隊】はひとまず後退し、代わって「敵新鋭機対応」を任務とする【天衝】各隊を主力とした空戦仕様KVが迎撃に上がった。
 むろん戦うのは彼らだけではない。前回の被害を繰り返さぬため、今回は地上部隊を含めた各小隊による連携について合意が出来ている。
 それにしても――ステアー、及び例のバグア軍エース3人衆とは、五大湖戦以来散々戦ってきた。しかし今回のゾディアック・ステアーが北米や欧州に現れた機体と同性能という保障はないし、ましてや搭乗者の「シモン」がいかなる人物か知る者さえ殆どいない。
「恐れは御座いません。恐れるとすれば自分が自分でなくなる事ですか」
 未知の敵を前にして水無月・翠(gb0838)は深呼吸して心を鎮め、逆にノビル・ラグ(ga3704)は、
「俺が興味あるのはシェイドのみ‥‥! それ以外は雑魚も同然っっ」
 そう叫んで己を奮い立たせる。
 【天衝】総隊長、漸 王零(ga2930)が指示を下した。
「この偽りの天穹‥‥皆の力で築く【牢】と大刃を以て衝き砕かん!!」
 対新鋭機用、部隊連携攻撃【牢】――空中と地上に展開する百数機に及ぶKVから、一斉にステアー目がけて砲火が放たれる。
 【天衝】隊もまた陣形を「砲」に変え、部隊単位の面攻撃を浴びせかけた。
 バラバラと蚊トンボのごとく墜ちていくHW――だが、背後のステアーとFRには何らのダメージも与えた様に見えない。
 返礼のごとく、ステアーから無数の超小型ミサイルが発射された。
 その威力と量においてK−01を遙かに凌ぐ高性能他目標ミサイルの洗礼を受け、この時点で前衛にいた【天衝本隊】【蒼翼】【朱翼】の各隊は甚大な被害を被っていた。
 次に動いたのは「牡牛座」のFR。
 エンブレムで見分けたのか、以前にも戦った覚えのある王零機へと一直線に突入して来る。
 が、その鼻先を一条の光線が遮った。
「前回の借りは、ここで返させていただきます‥‥!」
 先の戦闘でダム・ダルのFRにより多大な損害を受けた小隊【雪風】隊員、ティーダ(ga7172)のアンジェリカである。傷ついた仲間達の無念を晴らしたい一念で、SESエンハンサー併用のM−12帯電粒子砲を放ってきたのだ。
 これを「挑戦状」と受け取ったダム・ダル機はアンジェリカの方へと矛先を変える。
 ティーダは周囲のKVとも連携を取りつつ、乾坤一擲の思いで残り1発の粒子砲を撃ったが、紙一重でかわしたFRは空中変形から機槍の連撃を繰り出し、アンジェリカの優美な機体は炎に包まれ墜落していった。
 その間、ステアーは【天衝】隊を含む新鋭機対応部隊のど真ん中に突入し、陣形を組み直すゆとりを与えず乱戦状態へと突入していた。 「今回はやばそうだねー。撤退した方がいいんじゃない?」
 風花 澪(gb1573)が進言するも、もはやそれが許される状況ではなかった。
 もちろん部隊としての撤退ラインは定めてあったが、敵がそれを律儀に守ってくれるほど甘くはない。
 ステアーの機体からシャワーのごとく20連装プロトン砲が斉射される度、次々と大破したKVが黒煙を引いて落伍していく。それらの多くは五大湖戦以降に開発されたディアブロや雷電といった新鋭KVだが、ステアーもまた、人類側の努力を嘲るかのように機体強化されていたのだ。
「これ以上の後退はさせん‥‥戦う意思が欠片でもある限り、俺は戦ってみせる!」
 煉条トヲイ(ga0236)は王零と示し合わせ、残存の隊機を集結させると、ステアーをV字型に挟み込むようにして可能な限りの高威力・高命中率の兵器で十字砲火を浴びせた。
 本来は【天衝本隊】全機で行うはずの攻撃だったが、ステアーは木の葉が舞うような動きで易々かわすと再び多目標ミサイルを発射。V字型の包囲陣を叩き折るようにして力ずくで抜け出した。
「くっ、せめて一太刀――っ!」
 王零とトヲイは再度タイミングを合わせ、それぞれブースト&機体特能併用でG放電とリニア砲を発射。だが、その攻撃が命中したのかどうかもわからぬうち――。
 ステアーから連射された淡紅色の光条が2人の機体を貫いていた。
「負けない‥‥絶対に、あたし達は自分の手で未来を守る‥‥掴むんだから!」
 一矢報いようと試作G放電を放った五十嵐 薙(ga0322)に、ステアーが牙を剥く。
「危ない!」
 彼女を母親のごとく慕う棗・健太郎(ga1086)のR−01改が飛び出し、身代わりとなって撃墜された。
「全機連ねて龍牙嵐爪が太刀とならんっ! 一斉に撃てっ!!」
 葵 宙華(ga4067)が王零を代行して再び【牢】を発動。天と地から凄まじい火箭が悪魔の戦闘機へと集中する。

「‥‥地上の連中が鬱陶しいな」

 ステアーは【天衝】残存部隊から離れ、急速に高度を下げた。
 対空砲火を軽々かわしながら陸戦形態――2本足の昆虫のようにグロテスクな姿に変形して着地。
 そこで待ち受けていたのは、挌闘戦特化の最新鋭機「ミカガミ」を中心に編成された【ガーデン】対新鋭機部隊だった。
「いざ乾坤一擲! 負けられません!」
「たとえ及ばずとも‥‥この一撃に全身全霊を以って!」
 夏 炎西(ga4178)、相良風子(gb1425)らが叫び、ブースト&マニューバ&内蔵雪村で一斉に斬り込んでいく。
 だがおよそ10分の後――ミカガミ部隊を含め、白兵戦を挑んできたKVを全て返り討ちにしたステアーは再び宙へと舞い戻っていた。
 ――といっても、そこにもはや戦う相手はいなかったが。
 空にいた残りのKVは全てFRに撃墜されたか、自主的に撤退していたのだ。

「機体損傷は‥‥35%ほどか」
 コクピット内で機体コンディションをチェックし、シモンは口の端を上げて嗤った。
 この程度なら、まだ戦闘続行は可能な範囲である。
「(問題はダム・ダルの方だな‥‥)」
 先の戦いで機体に損傷を負ったとも聞いているし、そろそろ煉力も尽きる頃だろう。
 さすがに2機目のFRを失ったとあっては、ブライトン博士に何を言われるか判ったものではない。それに、ステアーの回復が遅いという言葉も気がかりだ。
 見れば、人類軍はエース部隊が軒並み敗退した事にショックを受けたのか、部隊をまとめてデリー方面への退却を開始している。
 対するバグア・アラブ軍も先のフレア弾爆撃で地上部隊に甚大な損害を受けたため、後方の予備兵力で再度侵攻を図るには時間がかかりそうだ。
 デリー西部戦線は、両者痛み分けの様な形で再び膠着状態に入った。
「この辺りが潮時か‥‥まあデリー攻略はエミタ嬢に任せておけばよい」
 シモンはダム・ダルに後退を命じ、ステアーとFRは機首を翻して西方へと飛び去った。

●希望の翼
 敵新鋭機対応のエース部隊がステアー・FRと死闘を繰り広げている間、他の部隊や傭兵達も手をこまねいていたわけではない。
 【フルバ・メイド小隊】のヒカル・マーブル(ga4625)は他の姉妹2人と共に、損傷したKVの回収、パイロット救助のため戦場を駆け巡っていた。
「エンゼルランプ1、負傷者発見、運搬を開始する」
「エンゼルランプ2、負傷者発見したで? 至急安全地帯に運ぶわ」
 虎牙 こうき(ga8763)、こうき・K・レイル(gb0774)らの【エンゼルランプ救助班】も同様に、最前線の負傷者を発見次第、応急処置を施し安全地帯へと運ぶ。
 HWの攻撃を警戒しながらの危険な仕事だが、それら迅速な救助により命を救われた傭兵も多い。
「ベルトは締められますか? ごめんなさい、少しばかりゆれますわよ!!」
 前回、FRとの戦闘で大破した愛機が修理中の月神陽子(ga5549)は、新たに配備された兵員輸送KV「リッジウェイ」を赤十字マーク付きの「強襲武装救急車」に転用し、邪魔する敵を蹴散らしつつ前線の負傷兵を後方の救護所へと送り届けた。
 同様の救助活動は有志の傭兵達により戦場の各地で行われ、彼ら彼女らの働きが、ゾディアック・ステアーがもたらした被害により戦線全体が崩壊する危機を救ったといっても過言ではないだろう。

 バグア・アラブ軍が沈黙を守っている間、人類軍も負傷者や避難民の安全、防衛ラインの再構築のため、救護所や補給基地も含めデリー市街への後退を余儀なくされていた。
「くっ! 手が足りない‥‥!」
 自ら重体の身であるにもかかわらず、移動先の補給基地で続々と運びこまれるKVの修理に勤しみながら、露霧(ga9675)はその数の多さに思わず声を上げた。
 だが一刻の猶予もない。バグア軍の攻撃が再開されるまでに、損傷したKVは1機でも多く修復しておかねばならないのだから。
「救護班が暇なほど平和って言うけど‥‥こりゃホントねぇ」
 前回にも増して運び込まれてくる傭兵やUPC軍兵士、民間人負傷者の数に眉をひそめつつ、桜井 唯子(ga8759)は姫藤・蒲公英(ga0300)、古都 洋恵(ga7634)らと共に応急治療に尽力した。
 確かに負傷者や損傷機の数は馬鹿にならない。だがそれ以上に「FR撃墜」という大戦果で芽生えかけた希望を、ゾディアック・ステアーの出現により完膚無きまでに打ち砕かれた現実が、正規軍や傭兵達の士気低下を著しいものにしていた。
 この空気は――名古屋防衛戦で初めてシェイドに遭遇した時と同じ、あの悲壮感さえ彷彿とさせる。
 そのとき――。
「おい、あれを見ろ!」
 誰かが叫びながら頭上を指さす。つられて、他の人々も一斉に空を見上げた。
 上空を通過する巨大な機影。
「まさか‥‥ステアーが引き返してきたのか!?」
 人々は一瞬恐怖に身を竦めるが、間もなくそれは全く逆の、彼らにとって新たな「希望」をもたらす存在であることに気づき歓声を上げた。
 巨大空中空母、ユニヴァースナイト――。
 遙か北米から飛来した強力な援軍が、たったいま到着したのだ。
 そして間もなく、デリー防衛を巡るもうひとつの戦いが始まろうとしていた。

●天空の騎士VS双子の小悪魔
「ステアーとFRはパキスタン方面に後退したよ。デリー西部の戦闘はひとまず終わったみたい‥‥」
 UK艦橋内。オペレータを務める水理 和奏(ga1500)の報告に、艦長ミハイル・ツォイコフ中佐は「うむ」と頷いた。
 一介の傭兵としては異例の事だが、和奏は今回、正規軍と傭兵間の情報伝達及び作戦管制を円滑に進めるため、自らUKへの搭乗を志願し、中佐もそれを承認したのだ。
「(傭兵の皆の事‥‥UKと中佐のおじさんの事‥‥僕一番良く知ってるから‥‥!)」
 デリーを攻撃したエミタ・シェイドに加え、新たにアフリカ方面からステアーが襲来したと報せが入った時は、和奏も含め艦内は異様な緊張に包まれたものだ。
 しかしステアーはFRと共に後退し、今の所デリー西部のバグア軍は動きを止めている。
「――ならば予定通りだ。本艦はこのまま北上、中国方面から南下する敵輸送艦隊を叩く!」

 既にUKのレーダーは、北方から接近する巨大飛行物体の群を探知していた。
 その数、実に28。
 今回バグア側の新兵器として投入された巨大空中輸送艦「ビッグフィッシュ」。あるいは人類側の通称「鯨」。
 単体での戦闘能力こそギガワームに遠く及ばないといえ、全長数百mに及ぶ船体にワームやキメラ多数を搭載し、山脈や海洋さえ飛び越え素早く展開させる機動力と揚陸能力は侮りがたい戦略的脅威である。
 もしこれだけの「鯨」が腹に抱えた敵戦力をデリー北部で吐き出されたら、シェイドの逆襲を待つまでもなく同都の命運は尽きるだろう。
「全速前進! 主砲の射程距離に入れて『鯨』どもを仕留める!」
 中佐の命を受け、UKはその優雅にして巨大な船体を北に向けたまま、一路飛び続ける。
「敵の『鯨』より小型飛行物体多数の発進を確認――HWです!」
 レーダーをモニターしていた別の正規軍オペレータが叫ぶ。
「よし。本艦からも艦載機発進――水理、おまえたち傭兵の腕前がどれだけ上がったか、俺に見せて貰おうか?」
「ハイ!」
 大好きな中佐から声をかけられた事で一瞬頬を緩める和奏だったが、すぐに気を引き締め直し、艦内ハンガーで待機していた【たそがれの軍勢】【さざんか盟社】【ブルーレパード】【空戦部隊Simoon】【八咫烏】、その他フリー参加の傭兵達へ出撃を打診。
 傭兵達は各々の愛機に飛び乗り、空中空母の発進口から相次いで蒼空へと出撃していった。

 神楽克己(ga2113)はなぜか所属小隊から離れて行動、しかも異様なまでにテンションを上げていた。
 各戦線にFR、シェイド、ステアーといった敵新鋭機が出現している以上、このUKも狙われる可能性は非常に高い。そしてもし来るとすれば、おそらくUKと因縁深い「あの少女」のステアーであろう――と彼は予想していた。
 実際、「彼女」による襲撃を警戒する者は多かった。ただし克己の場合は若干動機が異なる様だが。
「(ふふっ。あの子が現れたら、ひとつ無線で口説いてみるか?『よう、俺と一緒にカレーでも喰わねえか?』‥‥なんてな)」
『『クスクス‥‥』』
 無線機の向こうから微かに聞こえる、子供のような忍び笑い。
「誰だ‥‥?」
『あの子だったら来ないよー』
『来ないよねー』
『代わりに僕達と遊ぼ?』
『イヤだっていっても遊んじゃうけどねー』
 その「声」に答える前に克己のS−01は爆発、彼は脱出カプセルと共に宙へと投げ出されていた。

「すごい物量だよね。一体何処から持ってきてるんだか」
 UKの真上で直衛にあたっていた忌咲(ga3867)は、ヒマラヤ方面から飛来するHWの大編隊を遠目に、呆れたように呟いた。
 ギガ・ワームほどの武装を持たない敵輸送艦は、代りに護衛として多数の小型HW、CWを搭載している。それらが28隻の「鯨」から一斉に飛び立ったのだ。
 何としても遙か中国戦線から輸送してきた膨大な兵力を、デリー付近に揚陸させるつもりなのだろう。
 対する傭兵側KVの中には輸送艦への直接攻撃を目論んだ者も多かったが、敵もそうすんなりとは通してくれそうにない。
 結局はUK主砲の射戦確保、そして敵艦隊が有効射程に入るまでの母艦護衛のため、正規軍KVとも協同し、デリー北方の山岳地帯上空でHW群との混戦となった。
 敵の物量は侮れないが、和奏を通した的確な戦闘管制、UKからの強力な電子支援、加えて岩龍、ウーフーという新旧の電子戦機のジャミング中和効果も重複し、通常よりも遙かに有利に戦闘を行えるはずだった。
 ――そう、小型HW程度の相手ならば。
 乱戦のさなか、神城 天矢(ga0098)、星野 空(ga3071)らのKVが何処からともなく撃ち込まれたプロトン砲により大破、撃墜された。
 共に戦っていたKV各機の無線より、やはり聞こえてくる子供の笑い声。
(「‥‥来たな」)
 既に「彼ら」と交戦経験のある傭兵達は、直感的に身構えた。
 続いて澄香・ハッキネン(gb1399)、冬月 雪那(ga8623)、ルクレツィア(ga9000)らの機体が次々と被弾、黒煙の尾を引きながら墜落していく中、KV各機は「姿なき敵」に向かい煙幕銃、煙幕装置、照明弾、ペイント弾等を手当たり次第に撃ちまくった。
 やがて蒼穹の一角で立ちこめる煙幕が不自然に渦巻き、三角錐を横倒しにした様な2つの機影を浮かび上がらせる。
『あーあ。見つかっちゃった』
『もういいよ、ミカ。このままやっつけちゃお』
『そうだね、ユカ』
 光学迷彩を解いて姿を現わしたゾディアック「ジェミニ」――常に2機1組で行動するFRは、今回も巧みに連携を取りつつ、立ちふさがる人類側KVを次々と撃破しながら「標的」であるUKへと突撃する。
 年齢・性別こそはっきりしないが、無線を通して時折聞こえる2人の声は紛れもなく「子供」のものだ。だからこそ、人類側のパイロットは躊躇い、つい考えてしまう。
「まず攻撃ではなく、何とか説得できないものか?」――と。
 そして、己の機体が炎に包まれた瞬間になってようやく悟るのだ。
 ――その幼さこそが、最も恐るべき「武器」なのだと。
 間の悪いことに、今回は同じインド北部戦線でもデリー市街地周辺防衛のため多くの兵力が割かれ、UK護衛に回ったKVの数は多いとは言い難い。また初期型機体が多く、経験も浅い正規軍KVではまずFRに勝ち目はなかった。
 奇襲の混乱から立ち直り、まず迎撃行動に移ったのは【八咫烏】、及び正規の小隊ではないが有志の傭兵により結成されたチーム『DELTA』だった。
 叢雲(ga2494)を1番機とする7機の「烏」は僚機の電子支援を受けつつ「ジェミニ」の撃墜を狙うが、カスタマイズによりさらに機動性を上げた2機のFRに軽く振り切られてしまう。チーム『DELTA』もまた然り。
 2機のFRは彼らとはあまり戦わず、そのままブーストで突っ切りUKへと向かった。
 「UK撃墜」を至上命令とされているためか、それとも視界に入った巨大空母に「こっちの方が面白そうな玩具」と思ったのか、それは定かでないが。
『うわー、おっきいなー』
『どうしようか、ミカ?』
 一瞬の間を置き、2つの声が楽しげにハモった。
『『パイみたいに切り刻んじゃえ!』』
 UKの対空砲火をかいくぐって急接近した2機のFRの両側面から、鋭い刃物――バグア式ソードウィングがせり出した。
『♪おっ菓子をっくーれなきゃ♪』
『♪いったずっらすっるぞー♪』
 少し調子外れの童謡を口ずさみつつ、仲良く並んだ「ジェミニ」はUKの機体装甲を、それこそパイかケーキのごとく切り裂き始めた。
 ソードウィングが命中する度、UKの巨体が大きく揺らぎ、正規軍の女性オペレーターが悲鳴を上げる。このまま攻撃を続けさせれば、UPCが誇る巨大空母といえども機体が保たないだろう。
 そしてそのとき、UKの真上にいたのは【たそがれ】の4機だった。
 彼らがそこにいたのはUK直援のため――というのは建前で、実は小隊長ルード・ラ・タルト(ga0386)の発案により「しばらくはUKの上で高みの見物、敵にある程度被害が出たところで突撃」という後半集中型の計画に基づくものであった。ついでに「強いのが来たら逃げる」という方針もあったのだが、よりによってその「強いの」がすぐ目の前に来てしまった。しかも2機。
「‥‥‥‥やれやれ、どうにもきょうは厄日だな。逃げたいところだが、ここでUKを見捨てるわけにはいかん。‥‥全員、援護が来るまでひきつけるぞ!」
 少しの静寂の後、意を決したかのように、声を絞り出すルード・ラ・タルト。
 ここでUKを見捨てて逃げたとあっては、命は助かったとしても、能力者として拭いきれない不名誉を負ってしまうことになる。
『バルカン斉射! ミサイルもありったけぶつけてやれ!』
 4機はFRとの距離を一定に保ちながら、バルカンとミサイルにおいて時間を稼ぐ方法を模索する。
 彼女たちが放った弾丸は無邪気な声をあげながら旗艦を破壊する双子にすべて命中するが、その殆どが弾き返されてしまう。
『やったなぁ‥‥ゆるさないぞぅ』
「許すとか許さないとか、そんなくだらないことを聞くためにここにいるわけじゃないんだ。‥‥私は破壊者。悪を薙ぎ払う悪、魔帝なり! 来るなら来いガキども!」
 無線を通しても明瞭に伝わる殺気にルナフィリア・天剣(ga8313)は汗と共に操縦桿を握り締め、ディアブロをFRへと向ける。 
 怒りに我を忘れてUKから離れた「ジェミニ」が【たそがれ】の4機に大きなダメージを与えるのに1分とかからなかったが、結果的にその1分が運命の分かれ目となった。
 それまで敵がUKに近すぎるため手出しできずに見守っていた【空戦部隊Simoon】が、すかさずUKとFRの間に割って入ったのだ。
「見ろ、援軍だ! 作戦通り‥‥だから我らは撤退するぞ!」
「Simoon01より‥‥UKを、護れ! 2度墜とされるわけには‥‥いかない!」
 たそがれの軍勢の無線が徐々に小さくなっていく中、ラシード・アル・ラハル(ga6190)が鳳 つばき(ga7830)とロッテ編隊を組み、さらに僚機2機も加えたシュバルム戦法で時間差集中攻撃を加える。
「ジェミニ」達の反撃で4機とも返り討ちに遭うが、そこに9番機、緋沼 京夜(ga6138)のディアブロが死角から突入した。
「ラス達が作ったチャンス、無駄にはしないっ――喰らえっ!!!」
 ブーストオン。Aフォース発動でG放電、試作エネルギー集積砲の連射を浴びせる。
 だがそれさえも間一髪で回避され、京夜もまた撃墜された。
『あはは、ちょろーい』
『カッコ悪ーい』
 小悪魔達の哄笑がCLの通信網に響き渡る。
 その瞬間――。
「遠慮するな、こちらも食らって逝け!」
 京夜の猛攻をしのぎきって一瞬気を抜いた隙をつき、10番機、藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)のアンジェリカがブースト&SESエンハンサー併用でM−12帯電粒子砲2連射。
 これが初めて「ジェミニ」の片割れに命中し、撃墜にはほど遠いがわずかながらダメージを与えることに成功した。
 一見怒りに任せたとも見える京夜の行動――いや、ラシード達のシュバルム戦法から全てが、実は緻密に計算された連携攻撃だったのだ。
『‥‥よくもユカを‥‥』
『‥‥おまえ、絶対に許さない‥‥』
 機体を赤く発光させ、何らかの特殊能力を発動させた「ジェミニ」が藍紗機をソードウィングで切り裂こうとした時。
 その場の空間全体を揺るがす衝撃波が、敵味方の機体を走り抜けた。
 ミカ、ユカの2人が驚いて風防越しに見やると、遙か彼方で巨大輸送艦ビッグフィッシュの1隻が炎と黒煙を上げて眼下の山岳に墜落していく。
 続いてもう1発。UKの主砲が発射され、射線上のHWもろとも2隻目の「鯨」が墜ちていった。
 「ジェミニ」は戦闘に夢中になって失念していたが、交戦中もひたすら前進を続けていたUKが、ついにバグア艦隊を主砲の射程内に捉えたのだ。
『うわぁーっ』
『すごーい』
 それまでの怒りも――というか、友軍艦隊が全滅の危機にある事さえ忘れ、まるで花火見物でもしているような気分でその光景に見入る「ジェミニ」。
 そのとき、2人の無線機に「バグアの偉いオッサン」からの通信が入った。
『ご苦労だったな。おまえ達はもう帰ってこい』
『何でーっ? こいつらやっつけて、あのでっかい船を墜とすんじゃないの?』
『そうだよー。こいつら、ユカのこといじめたもん!』
『いいんだ。作戦が変更になった――とにかく、一度基地まで帰還しろ』
「オッサン」の命令に、「ジェミニ」はブツクサ文句をもらしつつもFRの機首を翻し、ブーストをかけて何処かへ飛び去った。
「京夜! 死ぬでないぞ!」
 FRの後を追うことも忘れ、藍紗は撃墜された京夜や、【Simoon】の仲間達を救出するためアンジェリカを急降下させていた。

 その後もUKは砲撃を続け、逃げ惑う「鯨」のうち計12機までを撃墜に成功したが、あと一息という所でUPC本部からの至急電が飛び込んだ。

『南下中のラインホールド、インド領に接近せり。貴艦は直ちに現作戦を中止、東へ進路を取れ』

 ――と。

<担当 : 対馬正治>



●銀河重工最高幹部会議
 中央に座る和服の男が、物憂げな表情を見せた。
「八王子が奪われてから二年、か」
 その言葉に、周囲はしんと静まり返る。
「東京陥落、そして八王子工業地帯の占領――あの時から、我々は大きな負債を背負う事になりました」
「東京陥落後の体勢立て直し、組織の一新とその把握‥‥」
「余りに長い時間を消費したな」
 幹部達は口々に想いを吐き、モニターの地図をじろりと睨む。おそらくは四、五十台がその中核だ。日本の命運を左右しかねぬギガコーポレーション、銀河重工の最高幹部達と思うと彼等はあまりにも若い。
「‥‥前線部隊より連絡。戦力の集結を完了。ブルーファントムを含め、傭兵、UPC共に精鋭が集結しました」
 報告に、男は頷いた。
「遂に、我々自身の手で片付ける時が来た――さぁ、負債整理を始めよう」


 空中を飛び交う、銀河重工製のKV群。
「しかし、圧巻だな」
 かき集められた戦力を眺めて、相良 空牙(gb2785)は呟いた。
「銀河重工は本気、という事ですね」
 相澤瞳(ga4728)も相槌を打って、R−01の各部システムをチェックする。
 眺めれば解ることだが、一工場を破壊する為だけにしては、集められた戦力はいささかオーバーにも思えるほどだった。
 銀河重工がUPC東アジアと協力して動員したKVは、約250機。傭兵達のKVを含めれば、KVだけで400機を数える大部隊である。銀河重工が供給した戦力の中には雷電やミカガミも相当数含まれており、銀河重工の意気込みの程が理解できる。
「こちらブルーファントム。編隊に加わらせてもらうわ」
 更なる援軍に、前線部隊の意気は嫌が応にも高まった。
『こちらUPC東アジア軍司令部。これより、八王子爆撃作戦を開始する!』
 その指令と同時にの編隊が一斉に加速。そして彼等を追い越し、後方からの長距離砲が基地へと降り注いだ。空を覆う榴弾を追うKV軍。やがて彼等の前に迎撃のCWが展開し、続けてHWが上昇してくる。
「今頃、遅い!」
 そんなHWの動きに、飯田勝(gb3081)ら傭兵達は機敏に反応する。敵迎撃機に引き寄せられるように殺到していく、人類側の強襲部隊。
「因縁の地‥‥今度こそケリを着けよう。行くぞ!」
 白鐘剣一郎(ga0184)の言葉に、ペガサス分隊が編隊を組んで敵機へ襲い掛かる。
「まさかリベンジの機会に恵まれるとは思わなかった」
 藤田あやこ(ga0204)が呟く。彼等SMSやユグドラシエル隊も、先手を取らせはすまいと後に続く。高高度より急降下しての、敵中への突入だ。迎撃隊は離陸直後に出鼻を挫かれて勢いを殺され、そこへ正規非正規の各軍併せた空戦部隊が数百機単位で殺到した。
 同時に、陸上からも攻撃が開始された。
「この好機、逃すわけにはいきませんからね」
 アルバトロスの翁 天信(gb1456)が岩龍を駆り、陸上を飛ぶ敵弾を避けた。
 バグアの放つ迎撃に対し、数倍にも匹敵する弾幕が展開される。陸上部隊で主力となっているのは95式戦車。最新鋭とはいかないが、日本各国では第一線で用いられている主力戦車だった。
 山腹に並んだ戦車が主砲を工場へ向ける。
 砲が、一斉に火を吹いた。
 後方部隊からの支援を受けて、前衛KV部隊が全力で突き進む。銀河重工の投入した阿修羅ばかりではない。先のアルバトロスや自由なる疾風隊、其の外にも数名の傭兵達が当初から陸戦を想定し、やや遠方で陸上に展開している。
「いっくぞ〜!」
「それでは、勝利への剣の舞を‥‥」
 ディフェンダーで敵の攻撃をさばきつつ、藤宮 鈴花(ga6724)がアンチジャミングに最適な位置へと移動する。それを援護する富垣 美恵利(ga4872)の弾幕が、岩龍撃破を狙っていた敵を全力で押し返す。
 追い討ちを掛けるかのような、徹甲弾、榴弾の爆発。
 戦車隊、及び長距離砲による絶え間ない砲火の嵐だ。
「‥‥敵陸軍が途切れますわ!」
 シャレム・グラン(ga6298)の言葉を、傭兵達は聞く。
 O'sに所属する二機の電子戦機はCWへの攻撃を止めること無く、眼下の戦場を見つめていた。
 そして、その言葉の通り、敵の防衛網は一気に崩れた。
 上空から見れば、その理由は一目瞭然だった。単純な話、絶対的な戦力の差だ。バグアの防衛地域はここ八王子だけではない。奪われた日本の心臓、東京もまた未だバグアの手にある。奴等はここも守らねばならないのだ。
 もちろん、人類に奴らの事情を推し量ってやる義務も義理も無い。
「‥‥隊長、敵の防空網に隙が」
 降下先を選定し、状況を分析していたラピス・ヴェーラ(ga8928)が、シエラ・フルフレンド(ga5622)へ通信を送る。
「了解ですっ! みなさんっ、タイミングを合わせて〜っ!」
 TEAM:UVAの隊長である彼女の元気な声に、傭兵達はおやと耳を傾けた。交戦を避けるように高高度を飛んでいた彼等UVAのKVが機首を下げ、機体を捻る。
「突っ込みますよ〜っ♪」
 一直線に、基地へ。
 突撃機動小隊【魔弾】や夜修羅の各隊も、ほぼ同じタイミングで降下を展開できるよう、タイミングを合わせて加速を開始する。
 ペガサス分隊が、砲火の中へと割って入った。
「まだまだぁ!」
 ブーストで無理矢理機動を捻じ曲げて、エクセレント秋那(ga0027)がS−01よりロケット弾をばら撒く。地上の対空砲が次々と爆発に巻き込まれ、消えていく。
「オールクリアー‥‥異変は、ありません‥‥」
 朧 幸乃(ga3078)が静かに、しかし確かに告げる。
 やれると見て、リュアン・ナイトエッジ(ga4868)ら、降下を支援する各機が攻勢を強めると同時に、高高度よりUVAが突入する。傭兵達を中心とした波状攻撃に千地に乱れる、敵の迎撃部隊。
「日も経たぬうちに、再び此処に来ようとはな」
 毒づく、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)。
 夜修羅の先陣を切る彼女が、友軍達へ降下しやすい開けた場所を示し、自身も雷電の機首をそちらへ向ける。降下を狙う部隊の近辺目掛け、水無瀬 凛(ga7300)が煙幕を打ち込み、睡蓮(gb3082)がラージフレアをばら撒く。
 そして事はついでと幻霧を発動し、更なる撹乱を狙う。
 撹乱に惑わされ、濃密な対空砲火の中に、道が現れた。
 数発の被弾等ものともせず、雷電はひたすらに駆け抜け、煙幕の中で機を展開する。煙を突き抜けた雷電の巨体が、コンクリートを巻き上げながら強攻着陸した。
 一番槍だ。
 彼女のKVに続き、次々とKVが降下していく。
「皆を守る‥‥盾‥‥魔弾の盾に‥‥なりますぅー!」
 弾丸の飛び交う中、KVに盾を構えさせて味方機の前を進む幸臼・小鳥(ga0067)。火砲が集中し、盾を突き破って胴体を穿った。しかし、彼等降下強襲部隊は、危険な空中変形を駆使しているにも関わらず、実際に受けた損害は驚く程軽微だった。
 KVを用いた作戦はまだ発展途上にあり、日々改良が重ねられている。
 彼等は過去にも幾度と無く死線を潜り抜けてきた。其の度に失敗もしてきたが、失敗は必ず次に生かしてきた。
 ましてや、この八王子には、過去幾度と無く攻撃を仕掛けている。ならば、戦法に改良が加えられるのは尚更の事だ。
「確かに惜しいが、残しておくわけにもいかんからな」
 狭霧 蓮(ga0213)に反論する者はいない。
「ユウちゃん! どれだけ多く倒せるか、勝負!」
 対戦車砲を掲げ、周囲一体の標的目掛け手当たり次第に弾丸を撃ち込む。そんなしのぶ(gb1907)の様子を見て、やれやれとでも言いたげに、高橋 優(gb2216)の翔幻が姿を現す。周囲には撹乱で起こした爆炎がもうもうと吹き上がっていた。
「ボク達でここの防衛ぶち抜いてやるし」
 降下直前の変形中はひたすら攻撃を受けるばかりだったが、一度降下してしまえば戦力に勝る彼等に敗因など無い。敵防衛戦力の真っ只中に降下したKV軍が橋頭堡を築くと、その周辺を目指し、銀河重工製のKVが群れとなって降り立った。
「逃がすものですか‥‥!」
 エンジェルフェザーとブラックアサルトが協力して展開する中、秋子(ga0710)は自らの分身にマシンガンを構えさせ、飛び立つ直前にあったHW群を次々と破壊する。
「やるからには徹底的だ。どてっ腹に風穴開けられたくなきゃ、そこをどけぇ!」
 ヒートディフェンダーを振るい、龍深城・我斬(ga8283)が敵中に切り込む。
 敵が怯んだと見れば、僚機達が隙を逃さず追撃を展開し、降下地点を中心に、周囲へ周囲へと戦線を押し広げていく。
「地殻変動測定装置、設置完了よ!」
 メデュリエイル(gb1506)が戦場の只中でKVを伏せさせた。
「こういうレーダーは破壊、っと」
「慌てず、恐れず、迅速に‥‥」
 空閑 ハバキ(ga5172)と山科芳野(ga0604)の二機が背中合わせに敵と対する。
「俺は地下に潜って見るよ」
「奇遇だね。うちも工場内部に入るつもり」
「なら‥‥」
 K−111改が腰を落とす。
 地下に続く搬入口目掛け、ローラーダッシュで駆け抜けた。
 八王子工場への完璧なまでに成功していた。
 そう。
 奪還を狙えるほどの大戦果だ。


●光、飛び交う
 O'sやSMSら上空の部隊が敵のCWやHWを次々と撃破していく。
 更に、ウーフーと岩龍二種のアンチジャミングが重複して敵ジャミングを打ち消していく事で、レーダーや通信が次第にクリアになっていく。
「これは‥‥まずい!」
 その瞬間、柊 香登(ga6982)が叫んだ。
「敵新鋭機が接近し――」
 しかし言葉は続かず、光にエンジンを貫かれ、KVが爆発を起こす。脱出する寸前、彼の眼は、レーダーに表示された異常な光点を確かに認めていた。あのような速度の出る機体は、人類側の機ではない。
 しかし、HWやキメラの類でも無いのだ。
 ならば当然――
「警戒態勢をっ」
 ミッシング・ゼロ(ga8342)が近くの機を弾幕で援けながら、空を睨んだ。
 香登の言葉は最後まで続かなかったが、何を言わんとしていたか、その意は誰もが理解した。
 何かが、この八王子へ迫っている。
 新たな脅威を出迎える為、一部の部隊は迎撃体制を整えた。まだ対空砲を十分に破壊もしていなければ、フレア弾だって投下していない。この段階で敵の新鋭機が来るというならば、迎え撃たなくてはならなかった。
「‥‥?」
 空を走った光に、ニルナ・クロフォード(ga0063)は振り向いた。
 光は八王子上空を通り過ぎ、空戦を展開していたKVを数機巻き込みながら一直線に、山腹へと向かう。
 直後、閃光が迸る。
 爆風が衝撃波となって地を走り、巨大な爆炎が上がる。
「‥‥最悪だな」
 上空に展開していた航空班、ヘルムのジーン・SB(ga8197)がぼそりと呟いた。
 速度だけならFRでも出せたかもしれないが、この火力は、FRのそれとは明らかに違う。光源は東京の方角。ならば、デリーへと飛んだスチムソンの機ではない。
『随分と、――派手にやられてしまったんだな?』
 彼等の何割かは、その声に聞き覚えがあったろう。
 ジャック・レイモンド。
 シェイドだ。


「くぅ‥‥シェイドが何だ!」
 無謀にも、一機のミカガミがシェイド目掛け加速する。
 吊られた様に飛び出す、数機のKV。しかし次の瞬間、彼等のKVはぼろ雑巾のようになって地上へ落下していた。瞬きもしていられぬ素早い動きと神のような圧倒的破壊力が、十数名の命を一瞬にして奪う。
 シェイド現るの報に、人類の軍勢は混乱した。
 一部の部隊は一時的退却を選択して距離を取り、またもう一方では、シェイドを迎撃せんとして弾幕を張る。
 シェイドは、ジャック・レイモンドはその混乱を突いた。
 一瞬の混乱によって弾幕に生じた死線、をまるで針穴を通すかのように突破し、その四肢を展開させて工場の中心地に降り立った。
 そのモノアイが輝く。
『全軍に通達。これより、爆撃班を工場に突入させる。繰り返す――』
「なっ、早すぎる!」
 思わず叫ぶ、シーク・パロット(ga6306)。
 名古屋方面から浅間山へと迂回するスカーレット隊の面々は、エンジンを回転させ加速する。だが、他の部隊もまた彼等と同じ感想を抱いていた。
「どういう事‥‥?」
 麓みゆり(ga2049)は対空砲火の中を突き進みながら、爆発の明かりに眼を細めた。
 周辺で対航空機用の散弾が爆発しているのだ。シャスール・ド・リスの面々は対空砲火網を突破し、再び基地上空へと向かう。
 本来であれば、敵戦力ををある程度潰してから爆撃に取り掛かる予定だった。
 彼等だけではなく、爆撃を担当する殆どの部隊がそうだ。だが今、ここにはシェイドがある。本来であれば引き返してしまいたいぐらいだが、おそらく上層部は攻撃続行を決定した。そして攻撃すると決まった以上、シェイドから手痛いダメージを受けるより早く爆撃を実施せよと、そう命じていると考えるしかなかった。
「それが任務なら果たすまでだ‥‥!」
 傷の痛みを頭の隅へ追いやり、御影・朔夜(ga0240)は隊員達へ指示を出す。
 一時的に離脱していたが、地上部隊がシェイドとの交戦を開始し、改めて爆撃命令が出た以上もはや是非も無い。
 彼等『渡烏』の小隊は二番工場へと飛ぶ。強攻命令を前に他部隊と共同歩調をとる余裕も無い上、地上部隊の多くはシェイドへの対応に忙殺されており、敵の対空砲火群が、彼等の小隊を容赦なく襲った。
「徹底的にやらせてもらうぞ」
 強気を見せ、ファルロス(ga3559)はライフルを次々と地上施設へ撃ち込んでゆく。
 だが、絶対数が違う。打ち込んだ弾丸は数倍にして返され、その弾幕が途切れる事は無い。
「くっ‥‥!」
 伊流奈(ga3880)の機に、弾丸が集中する。
 しかしその攻撃を、イリアス・ニーベルング(ga6358)は身を挺して庇う。軽量機ミカガミとは言え、対空砲の一発、二発程度で沈む程でも無い。彼等は弾幕を強行突破し、砲火の途切れるその一瞬を狙い、一斉にフレア弾を切り離した。
 降下途中のフレア弾であるが、数の多くが命中弾を受け、空中で爆散する。
 ところが、爆発が晴れ渡ったその時、そこには先ほど投下された以上のフレア弾が浮いていた。
 シエル・ヴィッテ(gb2160)の撹乱の中を、二桜塚・如月(ga5663)にR.R.(ga5135)、綾波 結衣(ga4979)といったフリーの傭兵達が接近、投下していたのだ。
「壊せというのなら壊してあげるよ。そのどす黒い腹の中身に関わらずね‥‥」
 迎撃を突破したフレア弾がコンクリート壁を突き破り、盛大に爆発した。


 シェイドが地上に降りたのは――おそらく、八王子工場を傷つけぬ為だ。
 背後で、ヘルムが投下したグレネード弾が連続した小爆発を引き起こす。上空を向いたシェイドのモノアイが光った。
 落としこむ影に、シェイドは瞬間移動したかのように機動する。
「そうは行かないわよっ!」
 ナックルが地を打ち、雪村・さつき(ga5400)は地を蹴った。
「フレア弾投下の邪魔はさせません」
 タリア・エフティング(gb0834)が高分子レーザー砲を掲げ、戸惑い無く放つ。さつきが機を翻した空間をレーザーが走る。他の隊員たちも同時に攻撃を仕掛け、夜修羅や魔弾各部隊も援護射撃を展開する。
 幾重にも折り重なった、ありったけの攻撃がシェイドに殺到する。
 シェイドの機動性、その運動パターンは如何に言葉を飾ろうと表現のしようもなかった。キメラ同然のフォルムをしたシェイドは、その外見に相応しい、人間的な流麗さからはかけ離れた水面に揺れる陰のような、ゆらりとした機動を繰り広げる。
「うおぉぉぉっ!」
 金色の瞳を爛々と輝かせ、山崎 健二(ga8182)が突出するが、大物を釣り上げるのは簡単な事ではなかった。彼のライトディフェンダーは宙を切り、反撃に胴を寸断される。
「ちい! デリバリーまで保たなかったか!?」
「‥‥敵、右前方‥‥クッ、左か。これがシェイド‥‥!」
 近隣部隊と歩調を合わせつつも、α(ga8545)は弾幕を途切れさせないのがやっとだった。マガジンのストックを次々と使い切っても尚、シェイドはその揺らぎを止めることが無い。
「練力も減っている筈だ、動きを鈍らせた時が勝負だ!」
 普段のクールさもかなぐり捨てて、月影・透夜(ga1806)は激した。
「弾幕を途絶えさせるな!」
 ペガサス分隊長、剣一郎も声を荒げる。
 一瞬でも良い、斬りかかる為の隙が欲しかった。
 その『一瞬の隙』さえ生じれば、虎視眈々と攻撃の機会を窺う傭兵達は、群狼を模したかのように一斉に襲い掛かるだろう。
 そしてその『隙』は、意外な程に早く訪れた。
 シェイドが、その手らしきパーツを掲げ、光条を撃ち出す。
「きゃあ!?」
 狙撃を繰り返していた楓華(ga4514)のKVが、貫かれて爆発する。シェイドの反撃に動揺するUPC。その怖れを感じ取ったかのように、シェイドは攻勢へ転じた。
 傭兵達は変わらず果敢に攻撃を仕掛けていたが、人が皆、傭兵達のように強い訳ではない。
 圧倒的な力を前に腰が浮き、そうして『恐怖』を見せた者達から先にシェイドの餌食となる。
「ダメですっ、気迫負けしてはいけませんっ!」
 損傷を負った友軍機を守ろうと、TEAM:UVA、フルフレンドが飛び出した。機体からパイロットが脱出する為の隙を稼ごうとしての行動だった。損傷機の前に立ちはだかり、シェイド目掛けてD−02の引き金を引く。
 数秒して、ハッチの中からパイロットが飛び出した。
「す、すまない! 助か――」
 その瞬間、脱出したパイロットが蒸発した。
「――シェイドめ!」
 ブラックアサルト、火茄神・渉(ga8569)は叫び、モニターに拳を打ちつけた。今、わざと脱出したパイロットを狙った。シェイドは。そしてそのまま銃口をフルフレンドへと向ける。
『‥‥バーン』
 コックピットの中で薄っすらと笑みをこぼすジャック。
 だが次の一瞬、彼はシェイドの機を捻らせ、宙を回転する小太刀を切り払っていた。
「‥‥あなたの事など興味は無い‥‥」
 硝煙を突っ切って、使人風棄(ga9514)のハヤブサが躍り出た。
 まるで猪のように一直線に現れたハヤブサに対し、ジャックは反射的に対応した。小太刀を切り払ったエネルギーの刃をそのまま突き立てたのだ。
 腕が吹き飛び、機体がぐらりと揺れるが、彼は勢いを殺さない。
「僕は、彼女を護る‥‥それだけです!」
 まるでバーサーカーのように一点だけを見つめて、そのままの勢いに乗せてレッグドリルを振り回した。
 超高速で回転するドリルが、シェイドの装甲を掠めていく。
 同時に、ハヤブサが幾本もの光の筋に貫かれていた。おそらくは多連装ニードルガンらしきもの。煽られ、ぐらりと崩れるハヤブサ。仰向けに倒れるハヤブサを一顧だにせず、ヒートディフェンダーを掲げた月影・透夜(ga1806)のディアブロ、雪村を発現した水雲紫とチェラルのミカガミが、シェイドに肉薄していた。戦闘の潮流は、風棄の捨て身の一撃を前にしてシェイドに隙を見たのか。
 ディアブロが、ディフェンダーごと腕を粉砕される。
 ディフェンダーの残骸を装甲で弾きながら、二機のミカガミは動きを止めない。
「激しく苛烈にこの大地から――」
 軽いステップを踏み、迫る水雲。シェイドはチェラルの掲げた雪村に備え、腕からレーザーを伸ばす。
 躊躇するように、地を蹴るチェラル。中途半端な攻撃を見て、シェイドはミカガミを真っ二つに切り裂く。だが、己の分身が真っ二つになるのを見て、チェラルは小さく笑みを漏らした。
「掛かったね!」
 くるくるとチェラルのミカガミが廻る。
 その裏に何かが光った。
 雷電――相良・裕子だ。空を裂いてライフル弾がシェイドに迫り――
「――去ね!」
 水雲の雪村が踊る。
『ハハハハハ!』
 ジャックの嘲笑が響く。
 細やかな何十というニードルがミカガミの全身を貫き、相良の放った弾丸が中空で砕け散った。再びのニードルガンが水雲を退け、同時にシェイドの腕から伸びた爪が弾丸を砕いていた。その刃のような爪が、まるで鞭のようにしなやかに波打つ。
 ミカガミを引き裂いて地を砕き、相良は、コックピットに刃が迫るのを見つめた。
 瞬く間に、辺り一面が残骸と化す。
 全ては一瞬に流れ去り、沈黙したKV達がまだ地にも伏さぬ最中、弾丸はシェイドを一点に見詰め、貫かんとしていた。巨大な弾丸と化したそれは、仲間の屍が掴み取った刹那の狭間を踏み越えた。狭間に弾丸を見て、影はゆらりと振り向く。解っている――逃れられはしない。


●八王子工場
『ギガワームの製造プラントが解ったよ! 一番の地下施設に‥‥』
 ハバキの通信が途切れる。
 新たなCWや妨害レーダーが展開され、相互の通信機能が急激に低下していく。
 だが、その言葉は通信網を介して戦場を駆け巡った。それだけの言葉があれば、一部の傭兵達にとっては、とるべき行動は既に決している。
「どうも、楽にはいかねェなァ‥‥」
 急激なターンを掛ける稲葉 徹二(ga0163)。
 彼に続き、ヘルムの隊員達が再び第一爆撃地点へと向かっていた。先ほどのグレネードランチャーの雨は地均しだ。今度こそが本気、本番の攻撃。シャスール・ド・リスのB班もこれに加わり、彼等は大事に抱えていたフレア弾を一斉に切り離さんとし、速度を落として急降下する。
「進化? ばっかじゃないの? 私の答えはこの2発だよっ!」
「冥界犬の咆哮を聞けェー! シュトゥーカ!」
 毒づくファルル(ga2647)に、叫ぶ獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)。
 悪魔のサイレンは鳴らないが、彼等は皆必殺の信念を持って機首を一方向へ向けている。
「‥‥つぅ、離脱します!」
 それでも、対空砲火の激しさを気合だけでは突破できない。鷺宮・涼香(ga8192)等のように直撃弾を喰らい、やむなく脱落する機もある。美弥(ga7120)や麓みゆりのように対地攻撃を続ける傭兵も多いが、如何せん手が足りなかった。
 切り離されたフレア弾が、先の爆撃と同じく中空で迎撃を受け、爆発した。
 だが同時に、広がった爆炎は何時までも晴れない。
 ――幻霧。
 上空を飛ぶミスティ・K・ブランド(gb2310)の展開した、幻霧だ。爆炎の最中に広がったそれが敵の視界を乱し、フレア弾の迎撃を妨げ、そして。
「爆撃ならまかせときな!」
 辛うじて戦場へ到達したスカーレット隊が追加のフレア弾を切り離し、メディウス・ボレアリス(ga0564)や鳳覚羅(gb3095)といったフリーの傭兵達も、最後のチャンスとフレア弾を投下して駆け抜けていく。
 第一工場を焼き尽くす膨大な火の手が、辺り一面を赤々と照らした。


 地をしっかりと踏みしめるワイバーン。
「そんな‥‥これでも砕けないなんて!」
 だが、KVと違い、これを駆るロッテ・ヴァステル(ga0066)は落胆の色を隠せなかった。ギシギシと金属のこすれる音が、コックピットにまで響いてくる。だがそれは、ワイバーンの機体があげている悲鳴だった。
 機首に取り付けられたグングニルが、シェイドの装甲に一直線に吸い込まれながら、装甲版一枚貫く事無く止まっている。
 今の一撃に、あらん限りの全てを込めた。
 だが、機体そのものを一個の弾丸として挑んでも、それでもなお、シェイドに傷ひとつ付ける事ができなかったのだ。
 ゆっくりと腕を持ち上げるシェイド。
『残念だったな?』
 中のジャックは、サディスティックな笑みを浮かべて、感慨深そうに機槍を眺めていた。
『しかし、君達は不思議だ』
 三度、シェイドはニードルガンを放つ。
 既にぴくりとも動かぬ周囲の残骸を無数のニードルが切り裂いて、うち一本は風棄機のコックピットを貫通した。
(血か‥‥?)
 腹部をずたずたに引き裂かれ、彼は宙に飛び散った己の血を見た。
『本当にさ――それでも人間かい?』
 膨大な光芒と共にプラズマが迸り、全てを飲み込む。ヴァステルの視界が光に覆われた。彼女のワイバーンが跳ぶ。ワイバーンの左半身が蒸発するのとフレア弾の連続着弾は同時の事だった。背後に吹き上がる火柱。一面が火の海に変わる。
「――全機撤退! 下がれェ!」
 誰の声かは解らない。
 多分、UPC司令部の何者か。
 だがその一言が終戦の合図となった。空中のKVは陸上部隊の離陸を支援する為に最後の力を振り絞り、余力のある強襲舞台は滑走路の確保に躍起となる。
 古井安男(ga0587)が見繕った滑走路を確保し、それ以外の広場含め、KVが次々と離脱する。
「生きて帰ってこそ意味があるんだよ。無駄死にするんじゃねえ!」
 勿論、機を失ったパイロットも多い。
 ミク・ノイズ(gb1955)らは限界まで戦場を駆け回り、後退の支援に廻る。もちろん、この後退支援に廻る機体からもシェイドの犠牲者が出はしたが、かといって放ってもおけない。しかしそれでも、大規模な戦いはやがて収束し、八王子攻撃部隊は人類の空へと消えていった。
『‥‥』
 何処ともなく消えるジャック・レイモンド。
 それと入れ替わるようにしてエミタ・スチムソンが現れた。


 ――以上が、報告の概要であります。
 報告官が生真面目な顔でお辞儀をし、退席する。
 会議室には、重苦しい空気が流れた。
 確かに、八王子工場には一定のダメージを与えた。緊急離脱をかけた為、被害のほどは正確に確認できていないものの、決して小さなものでは無い筈だ。だが同時に、戦勝と呼ぶには被害の大きな戦いだった。
「あの段階で攻撃続行を指示した事、その点だけは、正しかったのかもしれません」
 重役の一人が、思い口を開いた。
 そう、あの不可解にも思われた強攻の指示には、少なからず銀河重工の意志が働いていた。
「‥‥」
 和服の男が、視線を机へと落とす。
「成功と、結論付けよう。その方が『老人達』相手にも顔が立つ」
 被撃墜数十機、損傷機百数十機、戦死した能力者も十数名。負傷者なら数十名‥‥確かに、その被害は少なくない。ただ、シェイドが新たに現れた時点である程度覚悟はしていた結末だった。
 ジャック・レイモンドの登場により、戦況次第で実施に移される筈だった東京奪還計画は完全に白紙へ戻ってしまった。
 ただ同時に、そのシェイドの襲来こそが彼等に強攻を決意させたのだ。
 インドでは天下分け目の決戦が繰り広げられている。それこそ、エミタ・スチムソンとそのシェイドが投入されるほどの激戦だ。しかしその横では、八王子工場を守る為だけに新たなシェイドが投入された。
 バグアは、明らかに八王子工場を死守したがっていた。
 その時点で、ギガワームやそれに類するような重要目標が存在する事は明白であったし、事実、在った。幸いにも戦闘中に大まかな位置を特定し、集中的に爆撃を加える事にも成功した。スチムソン帰還の報とフレア弾の投下成功の報はほぼ同時であったし、入れ替わるように離脱する事にも成功した。
 今回の戦い、勝利と呼びたければ呼べなくはない。
「‥‥いや、勝利宣言を出すのは、控えましょう」
 インドでは激戦が続いてる。
「それから彼等、ブルーファントムと言ったか?」
「いえ、シェイドに対して仕掛けたのは、現地の混成部隊のようです」
「‥‥彼等に勲章を下すよう、UPCに働きかけよう」
「賛成です」
 広報担当の重役が、静かに頷く。
「それから、命を大切にするようにも伝えるべきだな」
 男は天井を仰ぎ見る。
「でなければ‥‥人は死ぬ」
 言って、その男――五条真琴は 微かに笑みを漏らし、一度会議を解散した。

<担当 : 御神楽>



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