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【 上陸阻止 】
●情報網
そもそも入学式なんてものは退屈なものと相場が決まっていて、事それがカンパネラとかいう、UPCやらドロームやら、誰にも言えないような機密がどこでどう絡まっているやら解らない学園ともなればなお退屈で、見覚えの無いような偉ーい先生の長ーい訓辞と、戦史学の教科書に名前が載ってたような将軍の有難ーい祝辞と、顔だけは見た事あるメガコーポレーション社長の‥‥、要約するに、「お前らは宇宙人と戦わせる為に金掛けてるんだから死ぬ気でやれ」という、それだけの事を十分、二十分とかけて遠回しに彼らが演台の上から喋るのを、パイプ椅子から伝わる寒さと腰の痛みに耐えながら拝聴するだけの儀式で、そんな事はいつぞやのインド防衛からこっち、骨身に沁みて分かっている入学生にしてみれば、退屈なだけだった行事が実にスリリングになった、と言えるかも知れない。
有史以降、バグアと呼ばれる宇宙人が謂れの無い喧嘩を吹っ掛けて来るまで、戦争と云えばまず相手の情報を得る事だった。「敵を知り、己を知れば」と昔の史書にもある通り、如何に敵の情報を得るか、そして如何にこちらの情報を渡さないか、その方法を開拓してきた。それはスパイ映画よりもっと興味的な人的手法であったり、AWACやイージスシステムの様な技術の粋を集めた物であったり。
それらのノウハウの蓄積が、かの宇宙人の襲来から、恒常的なジャミングと、デブリに変わった衛星と、人類の技術では理屈が解明できないワームとによって、全て無かった事にされた時の軍部の驚愕たるや如何程だったであろう。それは今日に至るまで、決定的な対抗打を打てずに、かれこれ十八年、ずるずると時間が経過している。
しかし「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」とはよく言ったもので、もう十八年にもなるが、無為に過ごしてきた訳ではない。幾つかの小さな手懸りを、人類は掴み始めている。特に、能力者が現れてから、それらは加速した。
五大湖開放戦の頃だろうか。KVを操る彼らは、ジャミング影響下でも情報取得を行える、ごくごく小規模の情報統制を始め、それを各地の戦線で幾つも幾つも統合し一つの大きな情報網と見せ掛ける事によって、擬似的に、かつて人類がノウハウとして所持していた情報技術を復活させ、さらに電子戦闘型KVの開発競争も加速させる事になった。
そして今。極夜と呼ばれる薄暗い闇の中、彼らはまた同じ手法で、グリーンランドに上陸せんとするバグア軍の動向を知ろうと、まるで目隠しの中手探りをするかのように、慎重に触覚を延ばしていた。
天候は快晴と聞いた。しかしレーダーから目を離してキャノピーの外を見れば、夕闇である。僅かな光を、地表の氷が反射して青白く輝く。
秋月 祐介(ga6378)は、各所に延ばした「触覚」から矢継ぎ早に入る報告と、自機に寄せられる索敵情報とのデータリンクを忙しくこなしていた。
それにしても、である。上陸部隊は恐らく凍てついた海の底から這い上がってくるであろうが、それを全て手元に把握するには、入り組んだフィヨルドの地形と、海へと流れ落ちる氷が困難にしていたし、闇を衝いて来るであろう、毎度お馴染みとなった空飛ぶ鯨の群れを発見するには、レーダーも、目視による有効視界も足りない。
一度、眼鏡を外し、目元を拭う。ぼやけかかっていた視界が鮮明に戻る。飛行時間を考えれば、まだそれ程でも無い筈。だが、見えて来ない敵との戦いは、精神力と体力を徐々に奪って行く。
眼鏡を掛けなおし、再びレーダーに目を落とす。忌まわしきバグア共の水中部隊がその「触覚」に、触れ始めていた。
●深海
氷の下、薄く蒼く澄んだ海は、「氷山の一角」という言葉通りの、遮蔽物には大きすぎる氷塊と、フィヨルドの複雑な入り江を除けば、視界は良好だった。
「KVと言えども、氷に圧し潰されたら一たまりも無いであります。注意するでありますよ」
新鋭機であるビーストソウルを駆り、美海(ga7630)が氷塊の間を鮮やかに擦り抜ける。アクティブソナーは打ちっ放していた。グリーンランドとアイスランドを繋ぐ海域にはパッシブ探知用の海底ケーブルがバグア襲来以前より敷設してあるが、今も稼動している保証は無く、それよりも、重力場探知によって先制される索敵から、タイムラグを少なくこちらも発見したい、という思惑から、海底でひっそり耳を澄ますより、積極的に動く方針を採らせた。
ところがまた、それにしても、である。一体どう云うカラクリでジャミングを仕掛けているのか。返ってくる音波は悉く、キャビテーションノイズが乗っている。
「魚群と間違わないように、慎重に判断するであります」
「それにしても、ちょっと厄介ね‥‥」
紅・サルサ(ga6953)が零す。音波はノイズが乗り、さらに氷塊と複雑な地形で判断のむずかしい反響を返す。
「ソナーに感。これは当たりですね。アイスランド方面の海域より接近中。大規模です」
流氷の陰で自機を止め、味方の放つ探信音をパッシブソナー代わりに聞き耳を立てていた綾野 断真(ga6621)が、キャビテーションと魚影の中から、歓迎されない客の出現を聞き分ける。
「地上部隊に連絡を! 至急であります!」
発見次第、水際で防衛の為展開する部隊が動き、さらにタシーラク郊外では陸上部隊が防御陣地を構築し、迎撃をする手筈となっている。それまで、出来うる限り、ここで数を減らす。
「では、無粋なお客様の歓迎と行きましょうか」
綾野の声を合図にしたかのように、水中に展開していた部隊が一斉に攻撃を開始する。今度は発砲によるノイズが音波に乗った。
何体か、いや何体も敵の前衛を沈めてはいるのだろうが、そのキメラとワームの群れは怯む事を知らないかのように押し寄せる。
「きりが無いわね、さすがに!」
何度操縦桿のトリガーを引いただろうか、苛立ちを隠せなくなってきた紅の機体から魚雷が再び、気泡を残して推進してゆく。ややあってそれが大きな気泡の塊を幾つか作る。七面鳥撃ちとはこういうのを言うのか、と思うほど、物量の差は歴然だった。唯一つ違うのは、その七面鳥が脅威である事。
間髪を置かず、再装填した魚雷を発射する。と、時限信管で作動するはずの弾頭の横を、一体のワームが潜り抜けてきた。彼女は機体を人型に変形させ、ガウスガンをワーム目掛けて放つ。
「懐に入られたであります!」
レシーバーに美海の声。そんな事は解っている。たった今、時限信管の最低作動距離以下に近づかれたのだから。
●氷の壕
慌しく防御陣地を構築し、慌しく各部隊が地殻変化計測器の設置などを行っている頃に、海岸線に火線が見え始めた。つまり、水際で上陸阻止を行う部隊が交戦状態に入った、という事だ。
「まるでもぐら叩き! もー邪魔だっての!」
ミア・エルミナール(ga0741)の阿修羅が海岸線を右に左に、忙しく動く。背後を聖・綾乃(ga7770)のアンジェリカの流麗なフォルムがカバーし、この見た目にも対照的な二機は、シア・エルミナール(ga2453)の機体と合わせて三機エレメントを組み、上陸を試みる敵に一々打撃を加えてゆく。もちろんその打撃で撃破できればベストなのだが、そうも行かず、またこの三機の主眼もそこには無かった。
時間経過と共に、上陸を試みる敵が増えてきつつある。という事は水中部隊も阻止しきれて居ない。まただ。氷の床に大きく穿った穴から水中用ゴーレムが手を伸ばす。すかさずガトリングの直撃を浴びせる。真横に位置した綾乃の滑腔砲が同時に着弾し、その炸薬弾は氷の床ごとゴーレムの手を吹き飛ばす。
「ほんッと、許せない!」
そう言いながら綾乃は機体の向きを変える。ミアの視線の先には、別の箇所から上陸を試みるタートルワームが見えた。今度は、そちらへ機体を滑らせる。
この有様。ここでも阻止しきれて居ない。食い止めるには、物量の差がありすぎるのだ。
だから、他の上陸阻止を行っている機体は知らないが、彼女らの三機は、もう一度、まさにもぐら叩きの要領で水中に押し戻す事に注力した。一種の遅滞攻撃である。撃ち漏らしは追わない。もうそれは割り切り、防御陣地に連絡だけ入れて、後は任せていた。タートルワームは、三機の挟撃を受けてまた海中へと戻る。
「ミアさん後ろ!」
どこから現れたのか、亀を海へ帰した直後、ミア機の右後脚はゴーレムによって無造作に捻り上げられ、その機能を失った。間接部がぱちぱちとスパークする。
「こっのー!」
殆ど怒りに任せて、ガトリングをゴーレムの頭部に突きつける。銃身の回転に合わせて、何度か衝撃に弾かれた後、ゴーレムは頭を失い、掴んでいた脚を放し水中へと没した。
「ミアさん!」
「大丈夫、動けないけど平気。それよりあれを」
全然大丈夫ではない。綾乃の位置からは見えなかったようだが、ゴーレムは空いたもう片方の手で腹部にあたる箇所をまた無造作に握りつぶしていた。しかしそれよりも、ミアが示した先、乱暴に接舷し次々とキメラやらワームやらを吐き出す揚陸艦のほうが問題だ。
「私、足止めしてきます!」
支援無しで無茶をするな、というより前に、綾乃機は急速に揚陸艦に接近する。船自体は鹵獲したものなのか、艦橋と舷側に滑腔砲を浴びてたちまち傾いてゆく。
数的優位を作ることが、戦闘では基本とされる。この場合綾乃機は、上陸を終えたばかりの群れに数的優位を作られ、完全にイニシアチブを取られた。さらにレイピアは刺突用であることが災いした。多数の敵を薙ぐのには向いていない。綾乃機は器用に回避しつつ攻撃を与えているが、どのくらい持つか。
「だから言ったのに!」
ミアはまだ動く両前脚で機体の向きを変え、ガトリングで支援射撃を始めた。
防御陣地まで到達する敵は、最初は散発的な数であった。それが時間を追う毎にだんだんと増えて、今は断続的に上陸部隊の攻撃を受けている。
防衛戦、あるいは撤退戦のプロと呼ばれるような人物が過去の戦史にしばしば登場するのは、それが困難を極めるがゆえである。世の中のどのスポーツにも、守備側が有利なスポーツなど存在しないように、こと戦争でも攻撃側優位は同じことであった。防御側は、その防衛線を抜かれたら、それでお終いになる。
フィオナ・フレーバー(gb0176)はやや涙声になりながら、自小隊と戦域全体に注意喚起を行っていた。揚陸艦の接舷を許したため、攻勢の激化が予想される。
彼女のレーダーには、部隊の前衛であるミア機と綾乃機が映っていた。どちらも、ベイルアウトを示す赤い光点となって。
「敵、間もなく射程内です。皆あまり無茶はしないで‥‥」
縋る様な声を無線に乗せて、彼女はガトリングを構えなおす。もう敵の群れは目視できていた。
「敵前衛に対し吶喊する!」
彼女の機体の前に、聖・真琴(ga1622)が立つ。
「了解。誘導支援を」
相変わらず涙声のフィオナが答え、計器を確認する間にもう真琴のディアブロは敵との距離を縮めていた。さらにその後を、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)が追う。
ソードウィングによって前衛を切り裂いた後、真琴は機体を戻して敵の進路を塞ぐ位置取りをする。イレーネ機の砲火が効果的な足止めになり、真琴の機体は敵中を縦横に駆けてさらに打撃を与えてゆく。
防御陣地から突出した味方機が、真琴機、イレーネ機の支援へと向かう。さらに陣地内の味方から遠距離支援。フィオナも、取り零した敵をガトリングで仕留めていった。
押されているのは、誰の目にも明らか。だが、ここを抜かせる訳には行かなかった。抜かせれば、全ての戦線が崩壊する。
●補給線
戦争で重要となるファクターは、どこの世界でも情報と兵站、と相場が決まっている。生憎ながら情報はあの忌まわしい宇宙人共によって一度リセットされたが、兵站のリセットの方法は人類の良く知るドクトリンと同じそれであった。もしこれも、不可解な超技術によって寸断されていたとしたら、人類の歴史は、世紀を跨ぐ事無く潰えていただろう。
地上部隊の構築した防御陣地のやや後方に設営された補給拠点には、息つく間も無い程、入れ替わり立ち代り、各戦線から機体や車両が帰って来ては出て行き、人と機械とでごった返していた。
また一機、柚井 ソラ(ga0187)のテンタクルスが戻ってくる。誘導されるままハンガーに入り、コックピットを開く。
「お疲れさん」
翡焔・東雲(gb2615)が、降りてきた柚井にペットボトルを手渡す。何も言わずそれを受け取り、一口飲んだ後、「ありがとうございます」と柚井は礼を言う。
「今、何時くらいか解りますか?」
別に何かある訳ではない。空の色も変わらず、水の中の色も変わらず、ふと気になって訊いてみた。
「ごめん、あたしもさっぱり」
翡焔も時間を気にしていなかったらしく、お手上げのポーズを作って見せた後、お互い笑った。そうだ、時間なんかどうでもいい。気になる時間があるとすれば――。
「地形探査用のソナーの所にダメージもらったらしくて」
ちょっと情けなさそうな表情を見せる。
「でも補給だけでいいです。あの海域は動き回りすぎて体が覚えました」
ちょっと疲れた笑顔を見せる。再出撃までの時間、それが気になる。まだ仲間が残っている。早く戻りたい、と、そればかりが気になる。
「はいよ、了解。済んだら呼ぶから、仮眠でもしてきな」
「ありがとです。よろしくお願いします」
翡焔の手に背中を押され、柚井はハンガーの奥へ向かった。その背中を少し見送った後、彼女は整備箇所チェック表に「地形探査ソナー」と書き加えた。
前線をリッジウェイが駆け回る。寿 源次(ga3427)と貝依(gb3165)の操るそれは、踏破性と堅牢さを兼ね備えた装甲戦闘車両としての役割の一つを、充分すぎるほど担っていた。すなわち、負傷者の後送である。
防御陣地などは、歩兵のみで構成されても、車両のみで構成されても、そしてKVのみで構成されても、その役割を果たせるものではない。全ての兵科が最良のバランスで配備されて、初めてその真価を発揮する。
ワームに混ざって上陸してくる、KVでは対処に余る小型キメラによる攻撃や、或いは大型キメラ、ワームによる直接攻撃、例えばタートルワームの砲撃などが、陣地に構築された塹壕を破砕し、またはKVとの戦闘による跳弾や足元の氷の滑落、様々な要因でキメラやワームが排除されてゆくのと同様に、車両は擱座し、兵士は負傷してゆく。
そんな中を、寿と貝依のリッジウェイは飛び回り、負傷者を収容していった。重体、重傷者は医療の心得がある貝依に。まだ傷が浅い者は寿が。
二人のリッジウェイに収容され、声を掛けられ勇気付けられ、それは負傷者にとって大きな希望となった。
KVが出て行った分、またKVが入ってくる。その繰り返し。途切れる事は無い。
「お疲れさん、何回目だ?」
黒桐白夜(gb1936)が、戻ってきたS−01改から降りるフェイス(gb2501)に声を掛ける。
「何回目、ですかね? 4回目くらいから数えてません」
確かにそのくらいだろうか、と黒桐は思う。4回よりもうちょっと多いくらい、彼の顔を見た記憶がある。そんな事を思いながら、コックピットの鼻先をぱしぱしと叩く。
「どっか異常は? 見たところ、コイツはまだ元気そうだけど」
「左脚がギシギシ言いはじめました。ダンパーか、アクチュエーターですかね? 寒さのせいか」
吐く息が白い。極夜の、極北の氷に覆われた島は、間違いなく人にも機械にも悪影響を与えていて、交戦開始から暫く経過した頃から、敵に受けたダメージとは違う動作不良が増えてきた。
「済まんな。‥‥こんな即興の拠点で精密機器を整備してりゃ、稼働率も下がってくる。もうちょっと何とかなればいいんだが」
「いやいや、黒桐さんが気にする事じゃありませんよ。それよりほら」
フェイスが黒桐の後ろを促す。彼の機体も、前線まで物資輸送のための準備が整っていた。
「おっと、じゃあ行ってくるか。左脚の件は了解だ」
「よろしく、お願いします」
慌しく出発する黒桐を見送り、煙草に火を点ける。息が白い。それが寒さのせいか、煙草のせいかは、判らない。
だんだん、前線に戻る機体が減ってゆくのを彼は感じていた。補給に戻ったきり前線に帰ってこなかった機体は、その殆どがここにある。
左脚が直っても直らなくても、補給を終えたら彼は前線に戻る気でいた。そもそも脚で戦う訳ではない。今は、薄くなる火力が惜しい。
●極夜の空
陽の昇らない空は薄暗く、快晴で視界は良いものの、見通せるのは付近を飛ぶ僚機の翼端の警告灯のみ。時刻を表すものは、コックピットの鈍く光る計器だけ。
デンマークの出身であるアンドレアス・ラーセン(ga6523)などは、「白夜で眠れないよりマシ」などと言ってはいたが、それにしても、慣れない者のほうが多く、断続的に繰り返される攻撃と相まって、徐々に疲労感が戦域全体を包んでゆく。
尤も、アンドレアスの場合は、この時期に、デンマーク領であるこの場所で行われる妙な「入学式」に、一言も二言もあるようだが、それはまた別の話。
上陸部隊の動きに合わせるかのように、散発的だった空からの侵入もぽつぽつとその数を増やし始めていた。秋月の元に集まる各方面からの索敵報告が、その数と脅威度を増している。
「オウル2より各機、方位086より敵艦隊の侵入を確認。総数は不明。艦隊内にビッグフィッシュを確認。繰り返す‥‥」
アイスランド方面から迫る大部隊を最初に発見したのは、里見・さやか(ga0153)だった。それまでの小規模な侵入とは明らかに違う。
「オウル1よりオウル各機、接近します。敵種別と総数を確認しなくては」
エレメントリーダーの菱美 雫(ga7479)の指示により、オウル三機が接近を試みる。
「ギース1、オウルのエスコートに入る。落ちないでよね!」
丁度、リン=アスターナ(ga4615)の率いるギース隊が護衛のためやや先行した時、彼女らに向けて火線が走った。
「っ! ブレイク! 二機ロッテ崩さないで!」
四機が一斉に散開する。上昇ロールを取って、すぐさま二機エレメントを維持する。オウル隊も回避機動を取った。見ると、既にHWの編隊が射程内まで接近している。
開かれた戦端は、あっという間に空域全体に広がり、敵と味方と、IFF照合の済んだ緑の光点と、所属不明機を表す赤の光点が、レーダー上に交錯する。
『オウル‥‥りギー‥、‥囲を受け‥‥る、支‥‥‥』
無線に激しいノイズが乗る。まだそれ程オウル隊とは離れていない筈だが、CWのジャミングが激しく、まともに聞き取れない。
「ギース1よりギース3、オウルの支援へ! ギースよりホーク、包囲を受けた、支援求む!」
HWの砲火から逃れつつ、味方機に慌しく指示を出す。聞こえているだろうか。彼女の機体のレーダーの、オウル1とギース3を表す光点の色が変わった。
「Simoon3よりSimoon2、CWから片付けます、支援を」
フォル=アヴィン(ga6258)が自機を降下させ、Gに耐えながらミサイルを立て続けに数発発射する。シーカーはCWの群れを捉えている。
ミサイルの残す白煙が、幾つかの火球に変わった後を、彼の機体はそのまま突っ切る。釣られて向きを変えたHWが一機、後続の支援機に撃墜された。だが撃墜まで至ったのはその一機だけだったようで、さらに数機が追いかけてくる。
「よし、そのまま着いて来てくださいよ‥‥Simoon3より各機、敵を引き付けます、今のうちに」
突っ切った機体を捻りながら起こし、もう一度、敵の群れに向かってミサイルを発射する。味方があの鯨に取り付く隙を稼げればいい。そのためには、シーカーがロックオンを告げるまでの僅かな間すら惜しい。
フォル機が空けた穴を衝いて、緋沼 京夜(ga6138)がビッグフィッシュに向かう。何度も機体をくるくる捻りながら、回避行動を取りつつ、それでも機体を前に進める。
被ダメージを示す警告板はアラートを鳴らし続けている。恐らく僚機も同じ状況だろう。そして多分、僚機も自分と同じく、帰りは考えていないはずだった。ビッグフィッシュの足を止めるまで、機体が持てばいい。
何度目か分からない直撃弾の衝撃を受けた直後、彼は目の前に忌々しい鯨を見つけた。今ここでベイルアウトすると、凍てつく海の上だろうか? そんな事を考える余裕がある自分がちょっと可笑しかった。
「落ちろ!」
艦橋に叩き込まれた無数のロケット弾は、小さな爆発を数度繰り返した後、その巨体をゆっくりと降下させてゆく。彼の見るレーダーから、一際大きな光点が一つ消えた。と同時に、アラートがベイルアウトしろ、とがなり始めた。
空域内のCWの無力化に、ケイ・リヒャルト(ga0598)は飛び回っていた。
「良いようにはされないわよ!」
ライフル弾が遠距離からCWを叩く。HWの編隊が、それを阻止しようと、彼女との間に入る。すかさずロケット弾の弾幕が張られ、彼女のディアブロが間合いを詰める。
弾幕によって編隊を崩されたHWをふわり、と交わし、ガトリングのトリガーを引く。吐き出された銃弾は、白いサイコロに次々と穴を開ける。
「八咫烏02より八咫烏06、八咫烏01が鯨を捕らえた。支援を」
「了解!」
部隊の管制をする紫藤 文(ga9763)から通信。レーダーを確認し、視界を巡らせると、叢雲(ga2494)の機体がビッグフィッシュの周りを飛び回り、幾つか小爆発を起こしている。
機を上昇させ、彼女はビッグフィッシュの真後ろを取る。そのまま、後部ハッチへ向けて、ありったけの弾丸を撃ち込んだ。ハッチはひしゃげ、中身は外気に晒され、さらに一際大きな爆発が起こる。
「これで、何機目ですかね」
呟く叢雲の声には、少し疲れが伺えた。
空が、砲火と爆発の火球によって明るくなる。
もう何機くらい、あの鯨を地面へ叩き落してやったろうか。撃墜しても撃墜しても、レーダーから消えた赤い光点は、すぐに復活してレーダーの端に現れる。
この地球上の一体どこに、それだけの物資を隠せる、基地、空港、倉庫でもクローゼットでも押入れの天袋でも何でもいい、それだけの物量を隠せる施設があるのか、あるなら見てみたい。何機目かの鯨を追いかけながら、ロジー・ビィ(ga1031)はそんな事を考えていた。
地上の防衛ラインは、どこからか回り込んだアースクエイクによって好き勝手に蹂躙され、一部後退を始めているらしい。そんな事をさっき、部隊を指揮する漸 王零(ga2930)から聞いた。
その漸も、ロジーと同じ鯨を追いかけている。
どうも彼らは、空挺降下するでも、空から爆撃のようにばら撒く訳でもなく、ご丁寧に着陸を狙っているらしい。
突出を始めたビッグフィッシュが、高度を下げてゆくのに、もう少し早く気づけていれば、また状況は違っただろうか。
暁・N・リトヴァク(ga6931)の駆るワイバーンの編隊が、追いかけるビッグフィッシュの前に回りこむ。至る所から黒煙を上げて、もう落ちる寸前だっていうのに、律儀に護衛のHWが纏わりついている。呆れる他無い。
鯨の前方で、大きな爆発が起こる。がくん、と目に見えて高度が落ち、暁の機体が離脱を始めた。爆発が連鎖を起こし、巨体が剥がれ落ちてゆく。
もう何機目だろうか。地上に叩き落したのは。
落ちる鯨の横を、別の鯨が着陸態勢を取って地上に近づいてゆく。
もう何機目だろうか。着陸を許したのは。
●氷の下から
航空部隊が、鯨の群れと接触を始めた頃。
防御陣地周辺に設置された地殻変化計測器が反応を示し、部隊は慌しく動いていた。地震計が反応するって事は、例の地震と呼ばれる化け物が、地中からやって来る。
水中部隊から発見の報告は無かった。ご丁寧にどこを回り道してきたのか。
「海中から、大回りで侵入される恐れがあります!」
とキザイア・メイスン(ga4939)が指摘していた通り、奴は陣地を縦に切り裂いてきた。防衛部隊は一斉に距離を取り、あるいは出現予想場所に接近し、その顔を地中から出すのを待ち構える。
絶え間ない振動が、地上の歩兵部隊に立っていられない程の揺れを与え始めた頃、轟音と共に顔を出したソレは、十字砲火に怯む事無く、周囲を薙ぎ払い、陣地の中から混乱を発生させる。
ラピス・ヴェーラ(ga8928)のワイバーンが、混乱の中、ヤツの口の前に押し出されたのを、草壁 賢之(ga7033)は見逃さなかった。ラピス機との間に、自機を滑り込ませる。KVを飲み込まんとするその口に、レーザーとマシンガンを躊躇い無く叩き込む。
口内に直接弾丸を浴びるのは流石に効いたのか、一度図体をくゆらせた。しかしその後、草壁機を圧し潰すように、その巨体は降ってきた。
避けようとすれば避けれた。けれども、すぐ後ろにラピス機が居る状況で、避けるという考えは浮かばなかった。
「グラたん!」
ラピスが思わず恋人の名を叫ぶ。
巨体がもう一度浮く。その隙に、ラピスは彼のウーフーを引きずる。
「こっちで引き付けるから、早く救助を!」
今度はキザイア機が囮に入る。ラピスは言葉を失ったまま、ひしゃげたウーフーのコックピットを抉じ開ける。
愛しい人は、額から血を流しながら、ちょっと情けなく笑ってみせた。
程なく、空から降りてきた鯨の吐き出した群れと、陣地を蹂躙してみせたアースクエイクは合流し、友軍は撤退を余儀なくされる。
防御ラインの一部はバグア側に明け渡された。
「地上拠点が制圧されたから、これ以上はまずいよ!」
鯨井昼寝(ga0488)のニードルガンが、洋上を行く揚陸艦の船底に穴を開ける。
「小物はほっといて、大物からね!」
彼女の機体の横を、爆雷によって沈められたであろう残骸が、海底に落ちてゆく。ついさっき穴を開けた揚陸艦とは別の船らしい。
次の揚陸艦に狙いを定める。纏わりつく小型キメラの類は完全に放置していた。大軍が上陸されて、拠点を制圧した部隊と合流される、それを防がなくてはならない。
「揚陸艦を、優先的に」
部隊の右翼、アグレアーブル(ga0095)の機体から放たれるガウスガンが、大型艦を狙う味方機の周囲を掃討してゆく。
物量では圧倒的な差がある。けれど、ここをタダで通す訳には行かない。通せば、自分達の帰る場所が無くなるから。
味方機の放った魚雷が、キャビテーションを残して推進してゆく。アクティブソナーはどのくらい聞いてないだろう。聞かなくても分かるほど、マトはそこらじゅうに居る。
●膠着
『タワーよりホーク03、ハンガーへタキシング許可。コントロールハンドオフ』
「ホーク03了解」
アルヴァイム(ga5051)のディスタンが着陸する。もう時刻は真夜中らしいが、空の暗さは一向に変化を見せない。
入れ替わりに飛び立つKVを見送った後、彼は愛機を停めて、キャノピーを開く。
「お疲れさまです」
タラップを降りる。と、翠の肥満(ga2348)が、ねぎらいの言葉と共に牛乳を差し出した。
「普通、こういう時はコーヒーじゃないのか?」
「そうですかね?」
文句を言いつつもそれを受け取り、一口流し込む。ややあって、緊張感から開放された実感が沸いてくる。
「地上の防御陣地は、一部制圧されましたが、逆に包囲中だそうですよ」
アースクエイクと、着陸を許したビッグフィッシュによって、防御陣地は制圧された。
しかし、友軍の水中部隊はそれ以上の揚陸隊の上陸を許さず、一時撤退した地上部隊も反転し攻勢に出た。それでも、失地回復にまでは至らず、睨み合いの散発的な戦闘が続いている。
こうして、アルヴァイムの部隊も一時休息の時間が与えられたのには、そういった戦況の変化があった。
いつの間にか、同じフライトエレメントのアンドレアスも現れていた。彼らはアルヴァイムより五分ほど早く、地上に降りた。
「‥‥あの歌は何だ?」
歌が聴こえる。随分楽しげな曲調で、前向きな歌詞だった。
「ああ、どっかの部隊が、ハンガーの隅でミニライブらしい。士気高揚にいいんじゃねーの? 結構人も集まってるみたいだぜ」
膠着状態の空気。戦域全体に広がる倦怠感と疲労。それらを吹き飛ばすように、歌は極夜の空に響いていた。
「ギター、できるんでしょ? 混ざってきたらどうです?」
そう言いながら、翠が煙草をアンドレアスの前に差し出す。箱から一本抜き取り、火を点ける。
「‥‥やめとくわ」
吐く息が白い。澄んだ冬の空気は、楽しげな歌の向こうに、今も続く銃声を乗せてくる。
戦局はまだどちらにも動いていない。全てはまだ、始まったばかりだ。
<担当 : あいざわ司>
【 アンマサリク地下攻防戦 】
●――アンマサリク地下研究所内
けたたましい警報が鳴り響く。
研究所の各所で展開された分厚い隔壁、それを打ち壊そうとする音と衝撃が出口・地下の両方から響き渡っていた。
「やれやれ‥‥閉じ込められた上に挟み撃ちになった、か」
「そのようですわね」
紫煙を纏うブレスト博士と険しい顔で頷くミユ。
にわか騒然となる研究所内では、しかしほとんどの人間がまだ落ち着いている。
――内部からの敵の侵入。
それは想定していない状況下では防ぐ事など到底不可能であろう。
だがキメラ発生から間を置かず全区画に降ろされた隔壁、さらに――。
「やれやれ‥‥面倒なことに‥‥」
「もう! 折角の入学式だったのにぃ〜!!」
溜め息を吐き、あるいは頬を膨らませる能力者達、マルス・ワイバー(gb1885)、プリセラ・ヴァステル(gb3835)。
その調子で既に研究所内には260名強の能力者が集結しているのを見ると、今回の襲撃はある程度予見してあったものと予想できた。
「諸君! 私の名はナイト・ゴールド! 今より要人達の撤退路を確保させてもらおうじゃないか。正義の守護者、今こそここに集うべき時がきたのだ!」
いつの間にか黄金の仮面を被ったその人物が現われ、マントを翻して高らかに宣言する。
「伯爵、お願いですから私達より前に出ないで下さいね? 無茶しないで下さいね?」
呼びかけに応じて集まってきた内の一人、佐伽羅 黎紀(ga8601)が念を押すが、果たしてそれは彼の耳に届いたかどうか。
「あんたらはココの要だ。命に代えても護りきる!」
「バグアめ、無粋な真似しやがって‥‥」
厳しい表情の風見トウマ(gb0908)、忌々しそうな顔をする大槻 大慈(gb2013)など、様々な反応を見せながらやってくる能力者達。
そして【暁の騎士団】、【FANG】、【月狼】、【プレジデント・ガード】、【金色要塞】、【竜装騎兵(桜組)】【BLUE&RED】の七小隊が集結。そこへフリーランスの傭兵も集まり、計89人が要人避難の活路を開く為に動き出した。
――さらに作戦は同時進行で行われる。
研究所内の制圧。際限無く内部から発生するキメラを止める為にも、さらなる地下施設へと進撃に乗り出さねばならない。
「‥‥もしかしてだるい入学式がまた延長? ‥‥キメラに八つ当たりしよう」
「害虫駆除か‥‥やりがいがありそうだ」
「‥‥ふむ、ミカエルの実戦テストと洒落込むか」
「今回はさっさと片付けておさらばしたいところですね。いやはや寒いのなんの」
八つ当たりのアシャ(gb3323)、駆除に燃える翁 天信(gb1456)、実戦テストも兼ねた鯨井レム(gb2666)、寒さに震えるシヴァー・JS(gb1398)など、各々の理由で地下遊撃に続々と参加する傭兵達。
さらに、【突撃機動小隊【魔弾】】、【イエローマフラー隊】、【ブラックアサルト】、【ラーズグリーズ隊】、【S.G】、【マーズドライヴ】、【竜装騎兵(桃組)】、【しっ闘士☆特戦隊】の八小隊が参加し、この研究所で展開される三作戦の中では一番小隊数が多くなった。
フリーランスも62名が地下遊撃に乗り出し、計116名。アンマサリク研究所に集う能力者の半数近い数が、地の底、魑魅魍魎の跋扈する地獄へ向かう為に行動を始めたのだった。
――残るは両部隊の要となる拠点防衛部隊。
要人避難部隊と地下遊撃部隊を送り出した後も、そこを戦術拠点として外から侵入してくるキメラを食い止める事になる。他にも、機密の処理に当たっていた研究者が要人避難部隊と行動を共に出来なかった為、まだ研究所に残っているのだ。彼らも守らなければならない。
「良いね‥‥危険な臭いがプンプンしてきやがるぜ‥‥」
「こちとら戦場が仕事場なんだ、稼がせてもらおうか!」
隔壁の向こうにキメラの濃密な気配を感じながら、スコール・ライオネル(ga0026)とネオ・クロノ(gb3719)が武者震いをする。
【ペガサス分隊】、【Reloaded】、【ヒヨコ隊】、【御法姉弟】、【GofF】の五小隊が大まかな防衛ラインを構築。
そしてここから【歩兵小隊ゾルダート】が交戦状況・虫探査済領域などを把握する戦略的情報網【Tel】を、【竜装騎兵(管制)】が味方の効果的な人員配置などを行う戦術的情報網【竜迎】を構築を試みる。
フリーランスの傭兵は23名の参加で、計61名。三作戦の中では一番少数でありながら、この部隊も行動を開始して防衛網を敷く――。
●――相見える大群の蟲
要人避難部隊はナイト・ゴールドの指示の下、避難通路へ続く道への隔壁を強引にこじ開けた。
途端、溢れるように這い出してくる――大量の蟲キメラ達。
「もう! 少しは空気読めないの!?」
「折角の私達の入学式、潰してくれた罪は重いわよ‥‥!?」
怒り心頭、沙姫・リュドヴィック(gb2003)が100tハンマーで蟲を叩き潰し、ノルディア・ヒンメル(gb4110)は拳銃と刀で猛攻を仕掛けた。
「博士にくず鉄を投げるまで抜かせるわけにはいきません!」
「さぁさぁ♪ ガンガンいこー!」
本人の前で公然と言い放つリリィ・スノー(gb2996)、軽い調子で大剣を振るう社 朱里(ga6481)など、その他大勢の能力者が一気に蟲へ殺到する。
それだけの数が攻勢に出れば、犬一匹通れるかどうかの小さな穴から這い出てくるキメラなど物の数では無い。
次第に穴からキメラが半分でも這い出そうものなら、激しい砲火で体が四散するほど圧倒的になった。
「バグアの寄生虫野郎に鉛玉のプレゼントだ!」
「邪魔はさせないでありますよ。吹っ飛んでくださいなのです」
「頑張って守るの‥‥特に‥‥ブレスト博士」
追い打ちとばかりに穴へ銃口を突っ込んで、大神 直人(gb1865)、美空(gb1906)、ロジーナ=シュルツ(gb3044)が壁の向こうへ弾丸を雨のようにばら撒く。
あまりの激しい攻勢に、束の間敵は沈黙。
その隙に、能力者達は穴を更に広げて隔壁の向こうへ突入、残っている敵を掃討して制圧した。
「‥‥頼もしいものですわね」
数人と共に隔壁を跨ぎながらミユはポツリと呟く。
そこには蟲キメラの死骸が幾十、下手をすれば百を数える勢いで転がっている。
「まだまだ気を抜くのは早いぞ。‥‥ほぉら、新手が見えた」
ブレスト博士もまた隔壁を越えて前方に目を凝らす。通路の奥から、壁、天井まで伝って大挙してやってくる――蟲キメラ第二波。
それを認めてにわか各員の動きは慌ただしくなる。
「ふむ、キメラ自体美しからぬものではあるが、これは酷い。月並みな造形に底の浅い発想だ。何より、製作者の意志が感じられないね。このように生み出された彼らには一抹の哀れみを禁じえないよ。とはいえ、ここを通すわけには行かないな」
ため息一つ、首を僅か左右に振るとレイピアを掲げて切り込んでいくナイト・ゴールド、……が当然のように引き戻され、T字路に【暁の騎士団】と【月狼】を中心とした防衛ラインを構築する能力者達。
「‥‥俺の横を通れると思うな!」
「世話になってる礼はしないと‥‥ね‥‥」
カルマ・シュタット(ga6302)、楓姫(gb0349)が迫り来る敵を見据えて意気込む。
その後方で、要人を含めた全員がやっと隔壁を抜け終わった。時間が無い。すぐさま要人達と護衛の能力者達は――T字路へと駆け始める。
――直後。
激しい銃声を合図に、幾十の能力者と無数の蟲キメラが交戦を開始した――!
‥‥地下遊撃部隊。蟲キメラの発生源を潰すために地下施設へ飛び込んだ彼らは、しかし目の前の光景に思わず立ち止まった。
――床、――壁、――天井。
その全てを覆い尽くして蠢く――蟲達。
数える事すら不可能なほどキメラが埋め尽くす空間を見て、一部の能力者などは鳥肌と吐き気を催すほどだった。
「虫だらけです‥‥」
「‥‥前途多難だね、どうにも」
「私に出来ることをするまで、だな」
福居 昭貴(gb0461)の呟きに、近くに居た春河・かなた(gb4041)と水乃緒・綾那(gb4134)がクールに応じる。
しかしのん気に見とれている場合では無い。能力者を認めた蟲達は、すぐさま大挙してそちらへ殺到する――!
「切りがないほど沸いてくるなら、凛はそれ以上の速さで駆除するだけだっ!」
向かってくる大群へ、【イエローマフラー隊】の勇姫 凛(ga5063)はあえて飛び込んでエクスプロードを振るう。
直撃した先頭のキメラから爆炎が上がった。
「ウルフィ5! 五月蝿い虫は駆除しますわ!」
「うし、給料分は働くかね‥‥」
続き【ブラックアサルト】の秋子(ga0710)と【ラーズグリーズ隊】のヤコブ・パブロフ(gb2918)も進み出て激しい弾幕を展開。
結果、自部隊員を援護する形でこの三小隊が前線の主体となる形になり、大挙する蟲キメラと能力者一群は熾烈な戦闘を開始する。
「てめーらを入学式に招待した覚えはないっつーの!!」
「折角の入学式が台無しですっ!」
五條 朱鳥(gb2964)とフォルテュネ(gb2976)が各々の武器を振るいながら群がる蟲に怒りをぶつける。
「わらわらと、うっとおしいわね‥‥!」
エリス・リード(gb3471)が飛んでくる蟲を大鎌で切り裂き、生理的嫌悪から鐘依 委員(ga7864)は病的な勢いで弓を乱射する。
能力者達の猛攻で、秒を刻む事に次々と積み上げられていく蟲の死骸。
激戦の末――能力者達は地下施設の入り口通路をどうにか確保した。
しかしその先は何本にも分かれた通路。土地勘の無い能力者達はどこからともなく沸いてくる蟲を相手しながら、同行のサイエンティストの研究者に地図を要請した。
しかし――、
「‥‥申し訳ないが、研究所の地図は無い」
あえなく要請は却下。
「‥‥元々、機密保持の為にこの研究所の地図は作られていないんだ」
サイエンティストは怪我をした者に錬成治療を施しながら、そう応じる。
「‥‥手引者が会場資材輸送に紛れ込ませたのなら発生源は実験施設の設備保管庫辺りだ。分からないか?」
【突撃機動小隊【魔弾】】の月影・透夜(ga1806)がそのサイエンティストに問う。
「ああ、それなら‥‥最深部がそうだ。まだ大半の設備は倉庫から動かされていないかと思うけど‥‥」
その答えを聞いて、【突撃機動小隊【魔弾】】を中心とした能力者が一斉に動き出した。
「他に施設内で最も室温が高い場所は? 虫には温度走性や走行性という特性があり、孵化にも温度を必要とする。発生源の可能性が高い」
「――ッ! ボイラー室! たぶん、あそこが一番温度の高い部屋のはずよ!」
矢継ぎ早に根拠も掲示したベーオウルフ(ga3640)の問いかけに、別のサイエンティストが答える。すぐさまそこが発生源と睨む能力者達は一群となって動き出した。
「農業系統の研究区画はある?」
「‥‥それは私が担当している。ついてきてくれ」
鶴来 和海(gb1760)の淡々とした質問に、白衣の研究者が名乗り上げた。
他にも発生源となり得るあらゆる候補を挙げて、何手かに分かれていく能力者達。
そうして彼らは、際限無く襲い掛かる敵を突破しながら広大な地下施設の探索を始めた。
一方、研究所に残った拠点防衛部隊は研究施設の各所で防衛に当たっていた。
各ブロックに下ろされた分厚い隔壁を利用する事により、この部隊は少数ながら戦闘を優勢のまま運んでいる。既に幾つかで防衛ラインが展開されていた。
「ふっ、こんな所までご苦労様だな‥‥だが此処から先は通すわけにいかんなっ!」
「拠点防衛はまかせて!」
「援護、します」
要人援護部隊がこじ開けた穴から侵入してくる蟲キメラを原田 憲太(gb3450)が大鎌で寸断し、戎橋 茜(ga5476)と九音(gb3565)が後方から射撃支援。その他にも前衛と後衛の巧みな連携が研究所への突破を許さない。
「次から次へとっ!」
「さ‥‥っぶ! キメラは平気なんかなぁ‥‥」
一方、研究所出入り口の隔壁も外からの激しい攻撃に半壊していた。地上から流入してくる獣や鳥のキメラに奉丈・遮那(ga0352)が悪態を吐き、空閑 ハバキ(ga5172)は外から這い寄る冷気に震えながら交戦する。こちらも十数人が防衛網を敷き、敵を押し留めている。
「隊長。要人様、‥‥発見」
一方で、研究所内を走り回って逃げ遅れた人間を探す能力者達も居る。
【ペガサス分隊】の美弥(ga7120)が物陰に隠れた所員を発見し、無線で隊長に連絡した。
「了解だ、中央警備室へ連れてってくれ」
無線に応じながらも、【ペガサス分隊】隊長の白鐘剣一郎(ga0184)は前線防衛ライン維持に貢献している。激しい戦闘と同時に、各員の状況を把握しながら指示を飛ばす。
「――各機器起動できました! よし、これで状況が把握できますね」
拠点防衛の為に能力者達が所内を奔走する中、研究所の中央警備室では【歩兵小隊ゾルアート】の周防 誠(ga7131)が声を上げた。
ここでは情報網を築く為に、【歩兵小隊ゾルアート】と【竜装騎兵】の管制部隊、それと避難の遅れた要人達が保護されていた。実質、防衛拠点本部という形になる。
誠の言葉に頷いて、【歩兵小隊ゾルアート】のエリザ(gb3560)はマイクに向かって口を開き始める。
『‥‥皆さん、これより[Tel]を開始しますわ。以後は状況報告放送にご留意ください』
研究所内に響く放送。――情報網Tel展開。
さらにその隣から、
『皆さん、学園の平和は私達で護りますよ! 竜迎作戦発動!』
【竜装騎兵】の管制指揮、鬼道・麗那(gb1939)も宣言。
これにより、情報網【竜脈】も展開された事が伝わった。
「竜脈のオペレートは任せて!」
気合い十分で各部隊から無線で寄せられる情報に対応する龍皇寺イザベル(gb1890)。
さらに生きているモニタ、要人のアドバイスや手助けを受けながら情報網が構築されていく。
Telから施設全体にアナウンスされる交戦状況と生存者。さらに増援要請と虫探査済領域なども報告を受けて順次に放送していく。
「‥‥俺っちは忍者だからね!」
「竜脈、あてにしてるよ」
【ヒヨコ分隊】隊長の相麻 了(ga0224)、隊員の大伴 蝉丸(ga8956)など各員が、【Tel】と【竜脈】から流れてくる情報を頭に叩き込みながら奔走、戦況や敵脅威度などの新鮮な情報を中央警備室に送り返していく。
そうしたTel協力者や竜迎作戦参加者の力もあり、常に更新される情報が中央警備室に集まっていた。それが味方部隊の孤立防止や防衛ラインの数調節などに役立つのだ。
‥‥そうして能力者達はキメラの反撃を受けながらも情報網まで展開し、順調に戦闘を進めていく。
――しかし。
何かの作戦で常に順調などという事は滅多に無い。
次第に、彼らに優勢だった戦況は少しずつ傾いていく――。
●――際限の無い敵
「くっ、――凌ぎきる!」
「この路は守って見せますよ‥‥!」
「見敵必殺、レッツダンス。宴のお時間です――!」
要人を通すため、九条・命(ga0148)、神凪・辰夜(gb3258)、グリク・フィルドライン(ga6256)が体を張って蟲キメラを通路の脇へ押し留める。各小隊員が交じった数十人が道を切り開いた。
その背後を全速で走り抜けていく要人達。
「まずいな、どんどん敵が増えてるぞ‥‥」
ブレスト博士の呟き通り、敵はいくら排除しても増える一方だった。
段々と能力者側の疲労が目立ち始めている。守りながらの戦闘は想像以上の消耗を強いた。
「フム‥‥。本当はこっちが近道なんだけど、満員のようだね」
十字路に辿り着き、ナイト・ゴールドが振り向いた先には――おびただしい蟲の群れ。
強引に切り込むにしては危険過ぎる。しかし、他の二本の道に居る敵も少なくは無い。
「これ以上先には行かせない――!」
「ふ〜ん、貰いに来たのはサイン? それとも命? どっちにしても‥‥却ってもらうけどね!」
今抜けてきた後方でも激しい戦闘。虎牙 こうき(ga8763)、イリス(gb1877)など十数人は、追ってくるキメラを寄せ付けまいと武器を振るう。
「八方塞がり、ですか‥‥」
この状況にミユが青ざめた顔で言葉を漏らす。全ての通路に大量の敵が存在した。このままではジリ貧――どれかに進むしか無い。
しかし、どれが正解なのか。
近道か、迂回か、あえて一時撤退か――。
『――こちら【竜脈】ッ! 要人誘導部隊そのまま直進して下さい! 地下遊撃部隊の一班と合流できます!』
中央警備室から無線で流れてくる鶴の一声。
危機迫っていた全員が――弾かれたように動き出した。
「竜装騎兵さんありがとうっ!」
「さて、それじゃ‥‥付いて来てね?」
無線で鬼龍院 麗牙(ga5179)がお礼を言い、黒羽 怜(ga8642)は重役や研究者達を振り返ってから走り出す。近道は諦め、迂回路へと。
「‥‥まったく、寿命が縮む。胃痛の種より酷いじゃないか」
「そうでなくとも普段からご苦労なさってますからね」
渋面で呟くブレスト博士に、ミユが可笑しそうに応じる。
最悪の危機を脱してわずかに気が弛んだのだろう――しかし、その視界の端に疾い影が飛び込んだ――!
「‥‥ッ!」
「――――危ない、ミユッ!!」
突然、ミユの体が強い衝撃で跳ね飛ばされた。
そして直後。
彼女を庇った真田 一(ga0039)の胸に――虫の爪が深々と突き刺さる。
一は口から血を流しながら執念で武器を振るう。月詠の刀身が自らの胸を貫く敵を真っ二つに両断。その敵を仕留めて一は、――倒れた。
「か、彼は‥‥?」
「大丈夫です。今のうちに逃げてください」
エル26(gb3597)がミユの手を引いて強引に立ち上がらせた。一は【BLUE&RED】の赤城・拓也(gb1866)と黒輝・大牙(gb2367)に救護されて運ばれる。
「‥‥諸君、合流までもう少しだ!」
自らも武器を取りながらナイト・ゴールドが全員を鼓舞する。しかし、彼自身にも――蟲が殺到する。
――それを鷹司 小雛(ga1008)が正面から盾で受け止めた。
「この敵は私が食い止めますから、早く逃げて下さいっ!」
幾匹もの虫の攻撃を受け止めて小雛が叫ぶ。
「全く、入学式を悪巧みに使うから――‥‥」
その言葉は途中で止まった。側面からの激しい体当たりが直撃、骨を砕いて気絶させる。小雛は蟲の群れの中に倒れこんだ。
「――私がレディを置いて逃げる、とでも? ふふっ、侮られたものだね」
ナイト・ゴールドは切り込んでイアリスを振るい、倒れた小雛を助け出して背負う。そこへまた襲いかかる蟲達――。
「ガハハッ!! 若いものにはまだまだ負けられんわい!!」
「私はニンジャゴールド‥‥伊賀越えの如く伯爵様方を必ず無事にお連れしますわ!」
豪気を振るう藤城 厳十郎(gb3926)と、固い忠誠心で誓う直江 夢理(gb3361)が伯爵を援護。ナイト・ゴールドが小雛を救い出す間、まとわりつく蟲を殲滅する。
しかしいつの間にか、通路は混戦となり地獄と化していた。
それでも全員が諦めずに走り続ける。がむしゃらに立ちはだかる敵を切り裂き、撃ち抜き、仲間を守り、思考する暇も無く動き続けた。 背後に重なるは幾十もの蟲の死骸。能力者達にも怪我人が続出している。だが敵の勢いは衰えない。ただ必死に戦闘をする事で先へ進んでいく能力者達――――。
そして――ようやく。
「まったくバグアも年末くらい休むべきじゃと思うがのっ!」
「俺の拳で打ちのめしてやる!」
能力者達の耳に、薙刀を振るう綾嶺・桜(ga3143)の声や、激熱で敵を屠る水瀬 深夏(gb2048)の声が通路の向こうから聞こえ始めた。
【S.G】を中心とした地下遊撃部隊の一斑だ。
これでやっと要人避難部隊は前後の挟み撃ちから解放される。彼らはすぐさまバラバラの陣形を整え、後方のキメラ殲滅を開始した――。
‥‥幾手にも分かれた地下遊撃部隊は、敵と交戦しながら発生源の特定を急いでいた。
定期的なTelの虫探査済領域の放送を聞きながら、目ぼしいポイントを潰していく。
「早く片付けるよ!」
「敵要人の集まった時を狙う‥‥戦の基礎っちゃ基礎だわな」
探査中に遭遇した蟲の群れに、ベルセルクを構えて切り込むHERMIT(gb1725)とツーハンドソードを振り回すアラン・イル・サーヴァ(ga7998)。
火気厳禁というマークの付いた箱が積まれたその部屋では、銃装備者が積極的に発砲できずに苦戦を強いられていた。
一方で、そこからそう遠くない階段では、全火力を惜しみなく発揮した激しい戦闘を繰り広げられていた。壁を這い登ってくる蟲相手に階段は戦いづらい場所である。
「この虫ヤロー!!」
「おいバカ、突出しすぎだ!」
鬼気迫る勢いで階段を駆け下りる大垣 春奈(ga8566)へ、水円・一(gb0495)が慌てて警告する。
‥‥しかし、その時には既に遅かった。剣を振り回す春奈はあっという間にたかられ、蟲の攻撃に深手を負って倒れる。
すぐさま救出部隊が組まれて特攻、群れの中から重傷の彼女を引っ張り出した。何とか救助は出来たものの、その後もキリが無い敵の出現にジリジリと押されていく能力者達。
『地下遊撃部隊に増援要請。西区画の第三研究室前の応援へ向かって下さい。負傷者数名、状況劣勢です』
突然、所内に響くTelの放送。
それとほぼ同時、無線が声を上げる。
『階段で交戦中の部隊、後方50m撤退をッ! そこに要請をしてきた部隊が居ます、合流して下さい!』
竜脈による指示。
それを受け取って――その階段部隊は撤退し始める。
‥‥同じように、他の部隊でも際限の無い蟲発生のせいで被害はどんどんと大きくなっていた。
状況を好転させるには発生源を潰すしかない。地下遊撃部隊は血眼になって施設を調査する。しかし今の所、発生源発見の報告はまだ一つも届いていない――。
――そんな中、ボイラー室へと探査に向かった部隊がとうとう異変を見つけた。
「あれ? こんな所に穴が。ここ怪しい‥‥おぉぉ!!」
広いボイラー室を探索中、ふと壁の穴を覗き込んだヨグ=ニグラス(gb1949)が思わず悲鳴を上げる。
――壁の中にはビッシリと埋めつけられた巨大な卵の数々。
半分以上は破れていたものの、まだ孵化していないモノもあるようだ。
「ボイラー室にて大量の虫の卵を発見!」
悲鳴に駆けつけた須磨井 礼二(gb2034)がそれを視認するなり、情報網へと無線で連絡を入れる。
他にも続々とボイラー室に居た他の能力者が集まってきて、壁の穴を覗く。
「ひぃんっ‥‥気持ち悪い‥‥」
「思ったとおりですよ‥‥この学園は最高だ! 小説のネタに事欠かないぞ!」
グロテスクさに悲鳴を上げる星井 由愛(gb1898)と、対照的に歓声を上げる霧山 久留里(gb1935)。まぁ穴を覗いた能力者の大概の反応は前者だったが、とにかくここへ来て彼らはとうとう発生源を見つけた。
「二人は嫉妬キュア! 嫉妬の炎で全てを焼き尽くしてやるわ〜♪」
「嫉妬ロリ! 華麗に参上です!」
【しっ闘士☆特戦隊】の白虎(ga9191)と真白(gb1648)がノリノリで火炎瓶を作成して、壁の穴へ向かって投げ込む。焼却される卵群。さらに極め付け、真白が弾頭矢を放ち――爆発させた。
その成果として、幾十もの卵が破壊される。
‥‥が、卵の数はあまりにも多すぎた。その程度では全てを壊しきれる数では無い。
もう一度、今度は大規模な爆破焼却を試みる為に弾薬から火薬を集める能力者達。
しかし――、それが十分な量に達するより早く。
先ほどの爆発に刺激されたのか、壁の卵の一部が突然胎動を始めて不快な音と共に蟲キメラが孵化し始めた。
「間に合わなかったようですね‥‥」
「くそ、仲間はやらせないッ!!」
銃を抜き放ちつつ神凪 刹那(gb3390)が呟き、孵化したキメラが早速襲い掛かってくるのを見てグン・ノーマンズランド(gb0776)も銃撃で阻止する。
しかし次々と蟲キメラ達は孵化していく。能力者達は反撃しながら卵の爆破焼却を試みるが、敵の猛攻にさらされ火薬を集める暇も無い。
――それどころか、自分の身すら危ういほどにキメラが爆発的に増加する。
「ナナも頑張るのですよっ!」
「一応‥‥僕は、未熟なりにも‥‥『盾』だから‥‥ね」
【竜装騎兵】の七海・シュトラウス(gb2100)と霧島 和哉(gb1893)が劣勢になりつつある仲間を庇い――最前に出て全員の盾となった。
あっという間に蟲の海に呑み込まれる二人。数十もの激しい攻撃は盾だけでは凌ぎ切れず、やがて敵の攻勢に倒れたが、それも無駄では無い。
数秒ではあったが能力者達はその間に陣容を整え、前衛と後衛がハッキリと移動する。これにより余計な被害は防ぐ事が出来た。
「ダメです、撤退しましょう‥‥!」
しかし、多すぎる蟲の数に水枷 冬花(gb2360)が悲鳴に似た声を上げる。
能力者達は倒れた二人を何とか回収すると、ボイラー室を引き返し始めた。それを追ってくる蟲達。
激しい撤退戦が繰り広げられる。なりふり構っている場合では無かった。剣や槍を振り回し、むやみやたらに銃を乱射する――。
そしてふいに――、その中の十数発の弾丸が主要ボイラーへと命中した。
「やばいっ! 早く外へ出ろ――!」
鮫島 流(gb1867)が焦ったように声を上げる。
その部屋の中央のボイラーが狂ったような音を立てて、異常稼動を始め出している。尋常な様子では無い。能力者達はボイラー室の外へと流れるように掻き逃げて行く。
そして最後の一人が部屋を出て分厚い扉を閉めた――瞬間。
――部屋の中から爆音が轟いた。
歪むボイラー室のドア。次いで、部屋の中から何かが崩れ落ちる音と、振動が伝わってくる。慌てて壁に手をつく能力者達。
そしてそれが鎮まった後。
――中から蟲キメラの気配は完全に消えていた。
『‥‥良いニュースと悪いニュースを一つずつ。まず良いニュースは、地下遊撃部隊よりキメラ発生源を潰した、との連絡がありました。もう一つ悪いニュースは、UPC軍本部より指令、研究所内部設備を破壊してはならないという事です。繰り返します――』
「よし、了解だ。撃ち尽くすッ!」
メディウス・ボレアリス(ga0564)が叫ぶなり早速エネルギーガンを撃ち放つ。一発が敵から外れて研究所設備に直撃した。
「あ、え、っと、ま、不味く、ない、ですか?」
「なーに、敵が壊した事にすりゃ大丈夫さ」
指令が出たのにまるで研究所を省みない多数の能力者達に雨衣・エダムザ・池丸(gb2095)が困り顔で聞くが、芹沢ヒロミ(gb2089)は軽く請け負って敵陣へと切り込んでいく。
実際、研究所の設備を気にしている余裕も無かった。発生源を潰したとはいえ敵はまだまだ無数にいる。果たして本当に減っているのかも疑わしいほどだ。
既にほぼ全員の能力者が敵撃破数を二桁を超えるような状況で、余裕があるわけ無かった。
「絶対死守! この先は通さない!」
「守り切ります、絶対に!」
【GofF】の聖昭子(ga9290)とファイ・アドベント(gb3720)を始めとする各員は、研究所出入り口の防衛ラインで激しい交戦を続ける。昭子とファイは小隊前衛として敵に切り込み爪を振るった。
しかしその二人へ向けて――後方からスナイパー型キメラが固い石を高速で吐き出す。
目の前の敵に気を取られていた二人は直撃。――特に体の数箇所で貫通した昭子は、そのまま血を散らして崩れ落ちた。
「昭子さん――――――――ッ!!」
「救出だっ! 行くぞっ!」
海堂静音(gb1478)の叫びと、同隊隊長の鈴原浩(ga9169)怒号が入り混じる。さらにフリーランスのロミオ・ストラーダ(ga8360)や黍瀧(gb0631)もその救出を援護して、無事に昭子は後方へ運ばれた。
しかし、いくら食い止めても敵は途絶える事が無い。能力者達の体力も限界に達する。
『東南Aブロックの隔壁が破られました。敵多数、防衛ラインを縮小します――!』
『入り口防衛部隊、後退して下さいッ! そのままでは孤立します!』
Telの放送と同時、竜脈からの無線連絡。指示を受け、出入り口の防衛ラインを放棄して傭兵達は撤退する。
キメラの猛攻を受けて各所で防衛ラインの縮小が行われる中、要人保護を優先とした【Reloaded】はまだ研究室に残っている研究者を発見した。
ずっと隠れていたらしい研究者を朔月(gb1440)と櫻杜・眞耶(ga8467)は保護、中央警備室へ急ぐ。
「おかしいな。本当に‥‥敵減ってる?」
中央警備室でモニタの監視・内線と無線応答をしていた立浪 光佑(gb2422)は訝しげに呟く。
発生源を潰したはずなのに、敵は減っている気配を見せない。むしろ爆発的な増加は止まったものの――、まだ緩やかに増えているような気がした。
「この物質が同定されれば‥‥その先に『彼』が居る!?」
その時突然、何か熱っぽい口調で地下遊撃部隊の【金色要塞】のウルスラ・ゴルドバーグ(gb3759)とアレクサンドル・オルタ(gb3844)が警備室に入ってきた。
その両手には――幾つもの蟲キメラの死骸。どうやら何か目的があって、その死骸をここに居るキメラ研究者に調べてもらおうと思ったらしい。研究者へ近付き、有無を言わさぬ勢いでそれを差し出す。
その二人の勢いに押されて渋々調べ始める研究者だったが、――それはすぐに真剣な眼差しになって死骸を弄くり始めた。
「――これは。この虫キメラ‥‥二種類居る。微妙に構造が異なっているようだが――という事は」
そう呟いた時、突然警備室のドアが――吹き飛んだ。
幾匹ものキメラが、とうとうこの中央警備室にも侵入する。
「敵襲! 隊長を守れ。通信網を維持するんだ!」
シェスカ・ブランク(gb1970)が鋭く声を放ち、入り口に向けて銃を発砲する。
「‥‥大丈夫ですよ? 会長は――オレが守りますから」
GIN(gb1904)が麗那に小さく微笑みかけてから、アサルトライフルを連射して殺到する敵へと突撃する。敵の猛攻を一人で受け止め、何匹もの敵を道連れに――倒れた。
「くそっ! これ以上好き勝手にやらせられんな。とっとと失せろ‥‥!!」
「もう少し休んでおきたかったですが‥致し方ありませんか」
盾で突っ込みながら弾幕を張るアッシュ・リーゲン(ga3804)、怪我を押して抜けてきた敵を切る鳴神 伊織(ga0421)。他にも十人程度の能力者達によって、部屋の入り口を境にした激しい攻防が繰り広げられた。
その中で先ほどのキメラ研究者が、現在進行形で積み上げられていく蟲の死骸をかき集めてなにやら熱心に調べ始める。
「‥‥やはりそうだ。虫の種類に偏りが出始めている‥‥! ――恐らく発生源はもう一つあるぞっ!」
キメラ研究者の衝撃的な言葉。
【歩兵小隊ゾルダート】は激しい戦闘の中で所内放送マイクのスイッチを入れた――。
●――終息へ向かう攻防
『Telから地下遊撃部隊へ連絡。発生源が他にもある可能性があります、発生源の探索を続けて下さい。もう一つ。たった今軍から入った情報によると、資材搬送の輸送機から事前に卵が幾つか発見されていた、との事です。その線でも調査をお願いします。繰り返します――』
「どおりでね、なかなか減らないわけだ‥‥」
「まったく次から次へと面倒事が‥‥本当にここ大丈夫なのかね?」
迫り来る蟲を迎撃しながら、アハト・デュナミス(gb3064)と石動・悠一郎(gb1888)が思わず愚痴を漏らす。長時間に渡る戦闘で誰もが満身創痍だった。とても先に進む力など残っていない。
「さーむーいー!!」
「虫なのに寒いところでよく動くわね。眠ってなさい、永遠にっ!」
他の場所で蟲と交戦している、ユズ(ga6039)と遠藤鈴樹(ga4987)の吐く息は白い。ボイラー室が爆発してから、施設内の温度は徐々に下がりつつあった。しかしそれでもキメラは発生し続け、蟲の群れが間断無く襲い掛かってくる。
各所で疲弊していく地下遊撃部隊。
敵の勢いが止まったとはいえ、能力者達もその分だけ消耗している。戦況は横ばい、むしろ発生源が残っているなら彼らはいずれ全滅してしまうだろう。
そんな絶望的な中で――比較的戦力を温存していた一部隊が、最深部倉庫へと辿り着いた。
「これは‥‥殺虫剤が欲しいな」
「的は大きいのから小さいのまで‥‥キメラは倒します」
倉庫に入るなり、愛輝(ga3159)と楓華(ga4514)がそれぞれに呟きを漏らす。目の前に広がるのは、誰もが目を逸らしたくなるような光景。
広大な倉庫には――大量の蟲がはこびっていた。
見ると、その蟲は倉庫に積まれた研究資材や機材の箱の中から沸いてくるようだ。どうやら中に卵が埋め込まれているらしい。
「ずいぶんと野暮な真似してくれるのね‥‥!」
「よくもこんな無粋な物を気付かれずに‥‥ターゲットを確認、駆逐するわよ!」
真っ先に白雪(gb2228)やロッテ・ヴァステル(ga0066)が動き出す。【突撃機動小隊【魔弾】】や【ブラックアサルト】などの小隊が主軸となったその部隊は、発生源の駆逐に向けて動き出した。
――しかし、大量のキメラに阻まれて、容易には資材へ近付く事が出来無い。
「此処は任せてください――!」
「ウルフィ4! ドラグーンの人達にも負けないぐらい頑張るぞ!」
ふいに能力者一群の中から加賀 弓(ga8749)と火茄神・渉(ga8569)が蟲の大群に果敢にも切り込んでいく。それにより掻き乱された敵に、――僅かな隙が出来た。
「虫けら如きが‥‥いい気になるな」
「まったくふざけた連中じゃの」
そのチャンスを逃さず、神崎 真奈(gb2562)や護堂 源一郎(gb1568)が資材に近付き、発砲。発火性の資材の幾つかが爆炎を上げて付近の虫と卵を消し炭になる。
だがそれと同時、敵に隙を作った弓と渉は敵の真っ只中で激しい攻撃を受けて、崩れ落ちた――。
「バカヤロー! 俺の治療を受けやがれッ!!」
すぐさまガルシア・ペレイロ(gb4141)が飛び込み、二人を後方まで引っ張り出して迅速な治療を施す。それにより何とか二人は一命を取り留めた。
「野暮い蟲っ子はとっとと排除排除ー!」
「まずは発生源を潰さないとね‥‥」
大群をベルニクスで相沢 仁奈(ga0099)が切り裂き、十六夜 紫月(gb2187)は敵の後方へ駆け資材を撃ち抜いた。
何十もの敵を切り裂き、幾人もが倒れていく。まさに地底の地獄かと見紛うほどの――激戦の末。
「これで‥‥最後っ!」
神崎 葵(gb1457)の放った銃弾が、蟲の湧き出る資材を貫き爆発。
激しい攻撃に耐えながら、その部隊は最深部倉庫の全ての卵を駆逐した――。
『地下遊撃部隊、最深部倉庫で発生源を破壊しました――! 繰り返します‥‥』
「潰したか。どうやら何とかなりそうだね」
放送を耳にしながらナイト・ゴールドが呟く。
「まだ‥‥油断は禁物ですよっ‥‥!」
「なに、分かっているさ。一気に走り抜けよう」
月影・白夜(gb1971)の言葉に、ナイト・ゴールドは頷く。発生源を潰したとはいえ、急に蟲が居なくなったりはしない。依然として要人達はキメラの襲撃から追われるように走り続けていた。
「全力! 全壊!! っしゃぁぁっ!!‥‥てね?」
「鬱陶しいしっ!」
しのぶ(gb1907)が飛びかかってくるキメラを撃ち抜き、高橋 優(gb2216)が剣で切り裂く。前線が道を作り、その間を要人達が突き進んでいった。
「も、もうワシは走れないっ‥‥! 心臓が破裂しそうだっ!」
「‥‥生き残りたかったら死ぬ気で付いてきなさい。あたし達は迎えに来ただけよ」
走りっぱなしで弱音を吐く重役に、雪村・さつき(ga5400)が叱咤する。普段運動などとは皆無のメガコーポ重役、研究者達には何百メートルの全力疾走は辛いものがあった。
しかし、止まれば蟲キメラの餌食。無茶でも走るしかないのだ。
「あっ‥‥!?」
そんな状況でもう限界が近かったのか、ミユが蟲の死骸につまづいて派手に転ぶ。
それを見て、狡猾なキメラの一匹がそこへ容赦無く飛び掛かった――!
「ミユお姉様達は僕達が絶対守る! 血の繋がりは無くたって僕も、妹だもん‥‥!」
――横からの爪の斬撃によって蟲は四散する。水理 和奏(ga1500)だった。そのまま転んだミユに手を貸して、助け起こす。
「私の生き甲斐は人を助ける事‥‥ただ、ソレだけだから‥‥!」
「‥‥やるわ、後悔させてあげる」
次々と要人へ襲い掛かるキメラを、しかし霽月(ga6395)や望月 神無(gb1710)を始めとする能力者達が寄せ付けない。
発生源を潰された事により、敵の勢いも薄れつつあった。そのまま幾度もの襲撃を切り抜けて――遂に。
「来たぞ、隔壁を降ろせッ!」
一同が広い空間に出ると同時、急にそんな声が聞こえた。
けたたましい警告音と共に、要人達と能力者達が駆け抜けて来た通路に分厚い隔壁が降りる。
突如として目の前に現われた武装集団は、広間に入ってきた全員を見回すと――大きく頭を下げた。
「‥‥皆様、ご無事でしたか?」
「列車の準備は出来ております、どうぞお乗り下さい」
武装集団は先頭へ立って歩き出す。見ると――その広大な地下空間の中央には列車が存在した。さらにその両脇を固めるように、各メガコーポレーションの社章をエンブレムにしたKVが十数機も待機している。
‥‥どうやらここは要人達専用の緊急脱出路らしい。それを感じ取った途端、要人避難部隊の大半は気が抜けたようにその場に座り込んだ。
「‥‥やれやれ、何で今日は走らされてるんだか」
肩で息を整えながら、ブレスト博士はタバコに火を点ける。緊張から解放された後の一服は格別である。周りを見回すと、他にも同じく一服を求めるものが見られた。
「‥‥ご苦労さん」
ブレスト博士はそう呟くと、この僅かな休息を噛み締めるように、瞼を下ろした。
一方で、戦線が崩れ防衛ラインが縮小されていた拠点防衛部隊は、未だに苦戦していた。
元々このアンマサリク作戦部隊の中で一番数が少なく、しかも長い戦いで多くの者が疲労困憊状態。そんな状態では防衛ラインも縮小され、要人達の居る中央警備室と展示広間だけが絶対防衛ラインとなっていた。
防衛網を超えて侵入してくる敵。その数匹が――警備室の隅に縮こまる研究者達に襲い掛かる――!
「護るのが‥‥仕事、そのために、能力者に、なっだんだぁー!!」
しかし部屋の端からドライツェーン(gb2832)が瞬速縮地で割り込み、敵の攻撃をその身で受け止める。常人なら一撃で死ぬキメラの攻撃を一斉に浴びて――背中の研究者達を守った。
その数匹のキメラは他の能力者達によって即座に仕留められる。
それと同時――ドライツェーンは床に倒れた。
「くっ、また一人っ‥‥!」
斑鳩・八雲(ga8672)蟲の侵入を押しとどめながら苦々しく呟いた。
拠点防衛において、能力者側は次々に負傷者を増やしている。
しかし、地下遊撃部隊が戻って来るのはもうしばらく時間が掛かるようだった。まだ合流は厳しい。しかし、最小まで防衛ラインを縮小した為にこれ以上の戦力増強は望めない。防衛ラインは今にも破られそうだった。
――もはや限界か。
そんな考えが彼らの脳裏によぎり始めた時――――。
突然、雷雨の如く激しい銃声が轟いた。
「大丈夫か!? 応援に来たぞ!! ‥‥っ撃てッ!」
号令と共に、再び通路に激しい弾幕。
あっという間にその場に群れていた蟲は掃討されて、UPC軍服の男が姿を見せる。
「無事か!? 外の戦闘が小休止状態になったので援軍に来た。発生源は潰したそうだな? 研究所の掃討作戦は我々が行おう。まだ戦える者は付いて来てくれ!」
早口に言い捨てるなり、能力者を助けた部隊はまた次の敵を求めて通路を進んでいく。
「俺はまだ戦えるよ!」
「私も‥‥行くわ!」
春風翼(gb3009)やラミア=I=バークレイ(gb1967)など、数人の能力者が立ち上がり後を追う。
‥‥増援と共に一変する戦局。
元々、数という最大の武器を失ったアンマサリクの蟲キメラは、UPC軍と残存の能力者達の反撃に耐えうる力は無かったのだ。
拠点防衛部隊の残存勢力とUPC軍の歩兵部隊が上から攻め、地下遊撃部隊の残存勢力が下から蟲キメラを掃討していく。
そうして間もなく――研究所内のキメラは彼らの手で完全に殲滅されたのだった。
<担当:青井えう>
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